夕闇は、まだ来ない。
未来が駅に着いたのはそんな時間帯だった。夕方から、夜になる少し前。いつもより少し遅い時間ということになる。
「…あ、お買い物…」
今日は夕食当番なのだ。もちろん忘れていたわけではない。
…タイマーかけてきたし。
親指を、折る。炊飯器のタイマーである。帰った頃には炊き上がっているだろう。
…昨日のかぼちゃの煮物、あるし。
人差し指を、折る。昨日の夜に先守が作っていたものがまだ余っている。今日中に食べなきゃ。
…なんか…メインがいるかな…。
中指だけ、ぴこぴこ動かしながら、ちょっと見上げながら考える。やや暗めの灰色の雲がゆったりと流れている。
駅前にはいくつか小さな商店街がある。いつも学校へ向かう時に降りる「駅前」…この間真記たちと行った大判焼き屋がある「駅前」よりこっちの「駅前」の方が古い。だから、というわけではないのだろうけど、小さな店の並ぶ商店街が駅の北口・南口にごちゃっと並んでいる。最初から商店街となっていたわけではなくていつの間にかこんな風になってしまった…といったところ。
多分未来が生まれる前から「店」だったところも多いとは思う。だけど、いわゆる「開発の波」というやつはこんなところにも押し寄せている。
未来はいつも帰る道とは違う方へ曲がる。ここら辺はさっき通って来た道よりも新しい気がする。よく見る道路のアスファルトをつぎはぎのように直した跡もないし、白く引かれた線もはっきりしている。
…前は…たしか…。
何かあった、はずなのだ。何か。少なくとも未来が小学の一年生かそこらの頃にはここに、何か、あった記憶がある。
…何だっけ。
その「何か」は潰されてこの広い道と、いくつかの商業施設に生まれ変わっている。…と言うことは結構大きな「何か」だったのか、その辺もよく覚えていない。
目指しているのは大きな駐車場に囲まれている…やはり大きなスーパー。ここは品ぞろえも豊富だが安さが魅力で、食事当番の時に何か足りないなあ、と思うと学校帰りにここに寄るのがいつものことになっている。明夫も自転車を飛ばしてここに来ることもあるんだとか。しかし先守はなぜかわざわざ駅の反対側へ回ってそちらにある商店街で色々買ってくることが多い。なぜかは未来も知らない。
道路から駐車場へ入る。歩行者用の通路がしっかりとあって、そこを歩く分にはクルマの心配はない。ガードレールもあるし。
ふ…と。誰かに見られているような、そんな気になる。
誰か知り合いでもいるのかな、と見回してみてもそういう人はいない。こんな時間帯だから買い物に来る主婦や若い夫婦なんかも多い。クルマで来る人たちもいるのだけれど、もちろん歩いてくる人や自転車も多い。朝夕の電車内ラッシュ、というわけではないけれど…それなりに人はいる。
でも。そんな中に知り合いは…いそうもない。
一応地元なのだけれど。それでも彼女に視線を合わせてくる人は、一人もいない。
いや。そういう人はいない。人は。通路わきの植え込みの中からネコが顔を出していて…なんだか未来を見ているような気がする？
…？
野良猫だろうか、この辺では珍しい。商店街なら飼い猫が時々うろついているけど。
薄茶色に濃い茶色の筋がたくさん入ったいわゆるキジネコという猫。それがなんだか未来をじっと見ているような…？
…まさか立ったりしないよね。
ガトじゃあるまいし。
ネコなら別にどうでもいいか、と歩き出す。すると。
がさり、と茂みをかきわける音がして…後ろから『かわいー』とかそんな声まで聞こえてくる。ちら、と振り向いてみるとやはりあのキジネコが周りの視線を集めながら歩いている。音もなく。ぴん、としっぽを立てて。
…何だろ。
こっちへ行きたいだけでしょ、と構わず歩く。やはりついてきてるような、そんな気配。
果たして再び振り向いて見ると…ついてきている。しかも、じっと未来を見ている。
…なんで？
走るようにスーパーの中へ駆け込む。さすがに店の中にまではついてこないようだ。自動ドアの横にあるガラスの向こうに、ちょこん、と座っている。
でもやはりじっと未来を見ている…ような気がする。カゴをつかむと、そそくさと中へ進んでしまう未来。
