立ち上がって体についた草を払って。
…あれ…いない…。
あの黒いフードをかぶった女行商人。いない…？
「誰か、いなかったですか？」
「ん？ 誰も？ あんただけ。いや、ガトはいたけどね」
「おいらがどうしたって？」
ふにゃああ、と大あくび。
「何でもないさ。さ、行こうぜ」
手を引っ張って体を起こしてくれる。カノンは背が高いから、いきなり階段の上まで引っ張り上げられるような、強い感覚に襲われる。
…うわあ。
足がつかないんじゃないか、とか思ったがまさかそんなことはない。
「行こうぜ？」
ナンタイコウの町は相変わらず。
城門の門番も変わらずヒマそうだし…人の流れもこの時間ならゆっくりしている。もう少し時間が遅いと、あちこちから買い出しに出てくる人たちが門から町の中心を貫いている大通りに集まってくる。逆にもう少し早くても似たような感じに大通りは賑わってしまう。これくらいだとそれほど出歩く人もおらず…のんびりとしている。
「集まってるって…何かあったんですか？」
「ん？」
カノンはガトを晴れた空に放り上げてはそれをキャッチ、また放り上げてはキャッチ、という遊びだかいじめだかからかってるんだかよく分からないことを繰り返していた。歩きながら。もちろん上に向かうたびにガトが何か文句を言っているが、耳に入れる様子はない。
未来が話しかけたから、その手が止まる。そのスキ？に腕を伝って地面にそっと降り…やや後ろを見上げながら歩く未来の肩にまでささっとよじのぼる。
「ふう」
いつもこんなもんらしい。無論のこと悪意はない。
「ああ。アレだよ、アレ」
「アレ…」
何だろ。
「あんたたちが見たって、アレだよ。あのことでね、ちょっと集まってんだ」
「アレ…ああ、アレですか」
あの魔物のことである。未来たちが見た…アレ。モンスターではなく魔物。
こんな町だが自警団のような組織もある。武器はもちろんリョンカが作ったもの。防具はキーツの鍛冶場で作られたものがほとんどだとか。自前の武器防具、と言えば聞こえはいいが…冒険者でなければ通常は誰もそういうものを使うことはない。つまりまず使う機会はない。そのためどっちかと言うと装飾品や酒場で「どうだスゲーだろ」と自慢する程度の代物になっている。
リョンカもキーツもその辺は心得たもので、見た目にこだわったりもする。あるいは価格を安く抑えたりするのだとか。それでも一応は「合う武器」になるので実用性ゼロ、ということではないのだが…。
「まあ、その辺はさ、みんな仕事とか家庭とかあるからさ」
専門の自警団ではない、と。…ちなみにあのヒマそうな門番たちも一応は自警団所属になる。ただし仕事のない連中に少しでも仕事を与えよう、とかそういう思惑もあるんだそうで…他にすることもないからああ見える、とのこと。
「あの人たちがどうこうするってのもねえ、とそういうこった」
それじゃあ自警団の意味はないんじゃ…とか未来は思ったが、まあ、色々事情もあるんだろう、とは思う。…だって、あんなのをどうにかしろ、といきなり言われたら…普通の人ならまず尻込みしてしまう。
「てことは…」
「うん。こっちに回ってきた。どうにかなんないか、って話がマリカんとこに来たんだと」
腕を頭の後ろに組んで、あはは、と笑う。
…軽いなあ…。
そんなカンタンに受けちゃっていいのかなあ…。
「マリカの頼みじゃあ、ねえ…断れないもんなあ」
「他の連中はどうしたい？」
ナンタイコウの冒険者の全部がマリカの宿屋に泊っているわけではない。あそこに泊っているのはあまり生活に余裕のない、若い冒険者ばかりなのだ。
