「ああ、もちろん他のとこにも頼んでるんだと。あたしたちは…宿屋の周りとかそんなもんかな」
もうすでに担当区域もあらかた決まっているらしい。
「ずいぶんと大がかりだねえ」
もう放り投げられない、と判断したのか未来の肩の上でくつろぎながら…顔をこする。
「それだけ本気ってことなんだろうね。こんなの今までなかったしねえ」
…本気、かあ…。
でも武器も何も全然通用しなかったのだ。アレを一体どうしようと言うのだろう…？
マリカの宿屋に戻ってみると。様子が若干変わっていた。
未来もこっちへ来た直後、ガトと一緒に宿屋を出ている。その時は何ごともなく…マリカだけ何か用事があるとのことでいなかった（それが多分アレのことだったのだろう）。ソケイの
「ん」
の一言でいつもの崖に出かけていったのだった。
それが…なんだか雰囲気まで変わってしまっている。なんだか…ピリピリしているような？
「武器はどうした？ 誰かリョンカのとこに行ってくれ！」
「鍛冶場からの返事はまだか？」
「ちょっと！ これ足りないんだけど…誰か余分なの持ってない？」
若くて金のない冒険者は当然のことながら未来やハリエルたちだけではない。他にも結構な人数が滞在していて、中には未来が会ったこともない者もいる。いつもは町の中にいて眠る時だけここへ戻って来る者もいる（そういう場合は宿の仕事をせずに宿賃をきちんと収める）し、他のもうちょっといい宿屋とここを行ったり来たりする者もいる。そういった連中も含めてなんだかんだやっているのだから、そりゃあもう大騒ぎになってしまっているのだ。
が…そんな中をやけに嬉しそうに駆け回っている者もいる。
「…何やってんですかヤッシさん…」
「聞くな。朝からあんな感じでさ、困ってんのさ。あたしらんとこの割り振りやら予定やらの相談もできないってね」
「割り振り、ですか」
「うん。うちの宿屋にいる連中を三つに分けるんだと。で、そのグループごとに見回りとか色々やる…？」
…結構大がかりなんだ…。
どうなるんだろう、という不安が湧き上がってくる。あんな、あんなのを相手にするのに。
その不安そうな顔を見たのか、カノンは、にいっと笑みを浮かべて未来の頭をがしがしと乱暴に撫でてくる。ちょっと…痛い。
「…そんな顔すんなって。あんたのグループはさ、ハリエルとディクシィはもちろん、リンチャとサーナ、それにあたしとライカにニコと…あのヤッシ。な？ みんな知った顔ばっかだろ？」
「はい…」
「それにガトはいつもあんたと一緒だ。だからそんな顔しないで笑ってな」
なんとか笑ってみよう、としてみる。
「…へへへ」
「あー…いいや、いつものまんまにしてな。なんか気持ち悪いから」
…なんかヘンかな、やっぱ。
カノンが、よ、とか軽く手を上げながら宿屋に入っていくのにくっついて歩く。顔のあちこちをむにむにと撫でまわしながら。
その宿屋の中もなんだか騒然としてきている。いつもの、これくらいの時間なら皆仕事を一通り終えてしまってヒマそうなのがそこらで寝転んでいたりする。用もないのに食堂にたむろしていたり。…金がないから何か食べたり飲んだりはせずにそのままぼうっとしている。もちろんどこかに出かける者も多いから、宿屋の中はそれほどうるさくはないのが普通。しかし今は…どたばたと走り回ったり何やら大声で話していたり。
「いやー、みんな楽しそうだねえ」
「…うるせえだけだね、こりゃ」
「そんなでもないさ、こういうのの方が張り合いがるってもんさ」
言いながらカノンもなんだか楽しそうなのだが…。
…だいじょぶなのかな。
やはり未来は不安である。あんなのを相手に…？ どうなっちゃうんだろう…？
