「ねー…だいじょうぶ？」
かしこが不安そうに聞いてくる。真記は「？」という顔で…何やってんの、というところ。
「うん。まあ…だいじょぶ」
そりゃあ、そうである。休み時間になるたびに未来が机に突っ伏しているのだから。
あれからマリカの宿屋ではちょっとした異変？が起きたのだった。冒険者がみんな寝始めたのである。…何かの病気が流行り始めたのか、うつったりしないだろうな…と勘繰る者までいたとかいないとか。
理由はもちろん「アレ」のこと。「アレ」は夜にしか出てこないのだから今のうちに寝ておこう、ということになったのだ。しかし。
…眠れない。
いつも「あっち」に行った時は朝。「こっち」に帰る時は夜になってみんな寝る時。そして目が覚めると「こっち」の朝になっている。一晩寝た、という感覚はないのだけれど特に体が疲れた、ということもない（あの洗濯の痛みもなかったのだ）。だから「あっち」のことは夢みたいなもん、と未来の中ではなんとなくそう思うようになっていた理由の一つなのである。眠る、ということで一つの区切りをつけて「あっち」と「こっち」を入れ替える、みたいな。
真昼間のナンタイコウでベッドに入る。…眠ってしまえばそのまま「こっち」に戻るのかも知れない。だけど。
…眠れない。
ディクシィはすでに安らかな寝息を立てている。ハリエルも鼻の奥のどこかに引っかかるようないびきを数回、かいただけで後はやはり静かな寝息を立ててしまう。ガトは…いつものように体を丸めて、未来の足元にいる。やはり眠っているのだろう…。
天井のしみを数えてみたり。何度も何度も寝返りをうってみたり。
結局夜になるまで眠れなくて、ベッドの中でゴロゴロして…少しうとうとっとしたかな…と思った頃にハリエルに起こされて見回りに出る（時間が短いせいか「こっち」に戻ることはない）。夜中に見回り、と言っても朝方までやるわけではないので、早朝の夜明け前に解散、ということになる。そして皆はベッドへ。そのタイミングで未来は「こっち」に戻って来る。今のところ「アレ」が出た、ということがないので忙しいわけでもないのだけど。
体に疲れは感じていない。ただ…なんだかとっても眠り足りないような、そんな気がしてたまらない。昼間はほとんど眠ることはできず、夜明け前にちょっとだけしか寝ていないような…。
だから学校でも眠くて眠くて休み時間ごとに突っ伏している、というわけではない。ただ、なんとなくそうしたいなあ…というやや弱気？な状態になっているだけ。それでも周囲から見れば「大丈夫？」ということになる。今は学校だけだがそのうち家族も気づくだろう。そうなるのは、ちょっと…。
…なんとかしないといけないかなあ…。
ただ眠った気がしない、とかそういうものなのである。体に異変があるわけでもないから医者に行く、とかそういう問題でもない。
…でも抜けるわけにもいかないし。
例えば未来だけ夜ではなく昼に見回り…とか。が、そこまで考えて当たり前なことに気が付いた。「アレ」は夜にしか出てこないのだ。出てこない時間帯に見回りやったって意味はない。昼間も出るんだったら冒険者が出張る意味だってない。
…あー…もー…。
さっさと終わらせるしかないのかなあ…。
「アレ」の正体が分かればそれでいいのである。じゃあ、正体掴んでなんとか終わらせるしか…。
だがしかし。物事とはそうカンタンには運ばないものなのである。
「アレ」を探して何度も夜の町をうろついては明け方に戻る、という生活が続く。しかもなぜか「アレ」は出てこない。夜中に冒険者が町中にあふれ返る…とまではいかないかれど、それに近いような状態にまでなっている。報酬はナンタイコウの町の方から出るのだから、皆が参加したがるようになってきたのだ。そのため通常の「冒険者業務」的なことがおろそかになってきた、とかそんな話まであちこちでささやかれるようになってしまった。一種の便利屋だから重宝されるところでは重宝されている。それがみんな昼間は寝ているんじゃあ…と。
それでも「アレ」は出てこない。
出てこないのに見回りは続けないといけない。さて、どうしたものか…。
学校帰りの買物帰り。霧雨が降ってきていて細かな雨粒がカサにまとわりついてくる。自宅のマンションの下の玄関前で、軽くカサを振ってぱらぱらとそれを払う未来。
…ふう。
なんとなーく眠いような、そうでもないような、という状態はまだ続いている。しかし人間というのは恐ろしいもので、少しずつ自分の体が慣れてきているような、そんな気にもなってきている。少なくとも、見回り始めた頃とは気の持ち様が違ってきている。…少し、気楽になってきている、と言ってもいいかも知れない。
…でもなあ…。
なんとかなんないかなあ、とカサをしまって、スーパーのレジ袋を持ち直して…。
目の前にあのキジネコが座っている。前足をついて。ほっそりとした体。
『何やってるんだかねえ。じれったいねえ…相変わらず』
