『ありゃりゃ。また何が何だか分からないって顔になったね』
…ぜーったい楽しんでるな、これ。
憐れみと優越を含んだ、妙な笑みを顔に張り付かせている…ように見えるキジネコ。
『後天世界と先天世界。世界は大きく分けるとこの二つになるってことだね』
『さらに先天性後天世界とか、後天性先天世界というのもある』
「…いいです、そこまでは」
『そうかい』
残念そうに首を振っている…ようにも見える。相手は普通にネコだから人間ほどに表情が読めない。だからこれは未来の主観、ということになるのだけれど。
…あんまりいい印象持ってくれてないのかなあ…。
でも色々親切に教えてくれてるし。だから未来のことが嫌い、ということでもないのだろうけど…。
『あんたがキュリオスに会ったってことは…そこは後天世界だったんだろうね。どこの世界だったんだい？』
「どこって言われても…」
米は研ぎ終わったから、今度は煮物の用意。材料を切っていくのはもちろん、煮るためのダシ汁も重要になる。…とは言っても粉末のダシの素があるからそれを溶かして、それから砂糖や醤油で味を整えていくことになる。あまり濃くすると味が潰れてしまうし、しかし薄いと美味しくない。家族それぞれの好みの問題もあるし、結構細かいところを考えていかないといけなかったりする。
「いつもの、あそこですけど…」
『ナンタイコウだったっけね、あの海のそばの町』
「はい」
『いいとこだよねえ、やっぱり』
「ええ」
『まあ、でも…あそこは仕方ないねえ』
何が仕方ないのかよく分からない。
ふと…
…ナンタイコウの他って…行けるのかな。
そう言えばこのガーフはいくつもの世界を行き来している、と言っていた。じゃあ…行けるのだろうか、自分も。
そんな未来の思いに気付いたのか、にゃあ、と小さく鋭く鳴く。
『世界ってのは無数にあるからね。渡れる世界もたくさんあるんだよ。それこそ無数に…』
言いかけて、ふと、言葉を切る。
『いや、世界はそれぞれに事情を持っているからね。渡りを禁じられてる世界もあるにはあるね。それでもどうにでもできるもんなんだけどね』
「はあ」
…そういうものなのかな。
先に材料を切っておく。軽く湯通ししたちくわやさつま揚げを包丁で、とんとん、と食べやすい大きさに切っていく。下準備を終えたらコンロに火を入れて、煮ていくことになる。そうだ、サラダもあった方がいいから、生野菜も用意しておかないといけない…。
そんな様子を見上げていたキジネコだったが。
『渡ってみるかい？』
いきなりこんなことを言い出す。
「え？」
『渡ってみるかい、って言ったんだ』
「渡るって、あの、その…」
包丁を持つ手が止まる。どこか誇らしげに見えるキジネコの顔を、じっと見下ろす。
『あんたももう立派な旅人だ。キュリオスにも会ったし、実際に何度も何度もあそこに渡ってる。それなら…他の世界にも渡れるんじゃないかい？』
「わたしが…？」
『そう。あんたなら渡れると思うけどねえ』
わたしが…？
『いつもはどうやって渡ってるんだい？』
「それは、その…」
『ん？』
「夜、寝る時に、その…本を、えっと、枕の下に入れて…」
