「はあ」
何のことだかよく分からない。
『繋がりを思い浮かべる…』
「はい？」
『繋がり。そう、世界は無数にあるんだ。その中にはあんたにも行ける世界も行けない世界もある。行ける世界かどうか…と言うことだけじゃないってことだね』
じいっと見上げてくる、その黒く濡れた瞳。小さな光を内包している。
『あんたとその世界を結んでいる繋がり。縁があるかないかって言ってもいいかね。それを思い起こして…意識する。強くね。それが基本だね』
「縁…ですか」
まあ、そういうこともあるんだろうな、という程度。
『そう。縁がある世界には渡りやすいんだ。そこら辺から攻めてみるのも一手だね』
攻めてみるって言われてもなあ…。
実感なんか全然湧いてないのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
『まずはそれからってことだね。そういう基本に慣れたら応用できる。繋がりも何もない、あんたとの縁なんか全然ない世界にも行けるようになるさ』
「はあ…」
…何のことなんだか。
『やっぱりよく分かってない、ってな顔になってるね』
「…はあ」
…何だかよく分かんないし。
『慣れだよ、慣れ。そのうちあんたも他の世界に自由に行けるようになる。慣れたらそうなってくるってことだね』
「…そうですか」
そんなもんかなあ…とやはりこの程度。
煮物の準備ができた。材料は全部切ってあるし、ダシ汁も用意してある。後は煮ていくだけ…卵だけ別にゆで卵にしてしまおうか、といったところ。いつも煮物用に使っているステンレスの両手鍋を用意して、それで煮ていくことになる。別に片手の小さな鍋でゆで卵を作ろうか…。
生野菜。レタスと、キュウリと…。
『おや。誰か戻ってきたみたいだね』
未来には何も聞こえない。しかしキジネコは目を閉じて顔をこすりながら、ヒゲも手入れするように念入りにこすっていたりする。
『…じゃあ、私はそろそろ失礼しよう。美味そうだね、それ』
「あ…ありがとうございます」
思わずお礼を言ってしまう。料理を褒められたからなのかそれとも色々教えてくれたからなのか、自分でもよく分からない。
『それじゃ、また』
両前足を床について、しなやかな体を伸ばした姿勢のまま…キジネコは真下に床へと沈んでいく。真っ白な光の粒をまといながら。しかし音も何もない。ただ…消えただけ。
さっきまで自分が話をしていたのは一体何だったのか、とかそんなことまで考えてしまう。今の台所には未来が一人。材料の入った鍋が煮上がるのを待っている。サラダ用に、とレタスをちぎっている最中。小さな鍋の中では水が沸騰を開始した。これから卵を放り込んで煮ていく。
…さっきまで、そこの、床の上に…。
…ううん、何でもないんだ。
マボロシ、とかそんな言葉も浮かんでくる。そこにあるのはただの台所の床なのだから。
まず帰って来たのは明夫だった。まだ煮物は仕上がっていない。
「おかえりー」
「ただいまー…って姉ちゃんだけ？」
「うん」
「そっか、んじゃ着替えてくる。…あ、いい匂いー…」
煮物はそろそろ仕上がるようだ。
続いて先守が帰って来る。羽佐人はちょっと遅くなった。先に食べていて、というメールがあったものだから三人で煮物やサラダ、それにご飯を食べていた。半分くらい食べた辺りで羽佐人が帰宅。四人での夕食となった。
いつもの通りの…時間。
明夫がいつものようにバカなこと言って、先守が呆れる。羽佐人が優しく見守っている。それがいつもの夕食の光景なのだった。
