この世には真似のできないものもある。こんな女性になれるもんなのだろうか？
…キレーな人だなあ…。
小さな口で一生懸命頬張っている横顔を見ると、そんなことも思う。反対側の隣に座っているディクシィは…まあ、いつもの通り。その向こうのリンチャの、さらに隣にはライカが座っていてこちらもキレーだな、とか思ってしまうけども。
…わたしは…どう見えてるのかな…。
気にはなるけど。でも確認しようもない。
夜の見回り…すでに略して「夜回り」とか呼ばれるようになってきている…はこの夕食の後に皆で行く。未来やハリエルといった年も若くてそれほど強くはない…わけでもないか。実際はそうでもないのも何人かいるにはいる。だから「あまり知られていない連中」9人と1匹は三つに分かれてそれぞれの区画を担当するようになっている。
第一班がハリエル・ライカ・リンチャ。
第二班がニコ・サーナ・ディクシィ。
第三班がカノン・ヤッシ・未来＋ガト。
と、最初に決まった通り。…実はこの翌日に「じゃあ担当地域全部を全員で回ってみようか」ということになったのだが。当然ながら何も起きない。するとダレてきてしまってなんとなーくやる気もなくなってきて、早めに解散してしまったのだった。こんな状態だととっさに判断する、とかそういうのも無理になりそうである。だから最初の「三区画に分けて三班で回る」に戻ることになったのだ。
「お先〜」
「………」
背の高い、透き通るような肌の長身の女性と、肩幅なんぞ未来の倍どころか三倍ほどもありそうなマッチョな男性が先に出て行く。彼らがファーとコットという二人組の冒険者。威厳ありそうな杖と肉厚の大剣。ナンタイコウでも指折りの「名の知られた冒険者」であり、本来ならこんな安宿には泊らないものらしい（指名されて受ける仕事が山ほどあるんだとか）。しかしマリカとソケイに大変な恩義を感じていてまだここに居続けている、とのこと。
他にも何人かそれっぽい外見の者が出かけていく。ここのところ、この時間帯のマリカの宿屋は大変に静かになるのだった。
「さあ。今日も…頑張ろうかね」
カノンが大きくのびをする。ウスズミは背中に大きく収まっている。
「うむ。そうだな」
ヤッシの片手には小さなナイフ。何度もひねくり回している。もちろん自作。
「はい。そですね…」
未来の肩の上ではガトが両前足両後ろ足を突っ張ったままの「ノビ」の状態のまま乗っている。のんきなもんである。
夜回り最初の頃はそりゃあみんな（もちろん未来も）緊張しまくっていたものだったのだが。ちょっとした物音にも驚いて武器を構える始末。猫（ガトではなくて普通の）が出てきただけで大騒ぎしていたのだったのだが…ここんところはこんなもんである。
「よーしよしよしよし。今日もいいコでちゅねえー」
カノンが顔なじみ？になっている三毛猫を見つけてしゃがみこみ、わっしゅわっしゅとその小さな顔をもんでいる。どこかの飼い猫らしくされるがままになっている。ちなみにガトは猫の言葉が分かるのだが、あまり『翻訳』することはない。世の中には知らねえでいいことの方が多いんだよ、とは彼の言。
「ふむ…平和だ」
言いながらヤッシはナイフの手入れは怠らない。立ったまま。刃をひっくり返して何やら油めいた何かを丁寧に塗ったりホコリを取り除いたり…。
「…そですね」
こんな溶けるような目で武器をいじくる人を路上で見かけたら、平和どころではないような気もする。しかもこんな夜中である。
「…そう言えばさ」
三毛猫はさすがにイヤになったのか、するりと逃げて行ってしまった。ガトが、ぷっ、と吹きだしたのを未来は聞き逃さない。
「アレ来てるんだって？」
「アレ？ アレとは何だ？」
「アレだよアレ。コレ」
胸の前で丸い形を何回か。
「コマカンサですか？」
「そ」
鍛冶場の女職人（見習い）である。色黒の肌に活発な瞳と舌。その体形は…未来にとってもうらやましい限りである。
「なんか第一班にくっついて行っちまったよ」
「しかし鍛冶場は夜が本業だろうに」
「さてね。なんかあんじゃないの？ ハリエルとか」
「そうかも知れんな」
「そですね」
未来たちの区画はそこの曲がり角まで。そこを右に曲がったら今度は次の曲がり角まで進めばいい。そしてまた右折。ぐるっと回る恰好である。
