「え？」
「ちょっと…いいかな？」
少しうつむいた姿勢。目は合わない。
昼休みに入ったばかりだから時間としては問題ない。問題ないのだが…。
…何だろ。
何かと首を突っ込みたがる（何？ 何？ え、何？ 何が？ とかうるさいことこの上ない）真記をかしこが「ごゆっくり〜」とか手を振りながら強引に引きずって行ってしまう。背の高さから言うと相当な差があるのだけど。大人と子供…とまではいかないけど中学生と小学生くらいはある。それを軽々と引きずって行ってしまった。
こういう時のかしこはある意味無敵である。それは真記もよく知っていることだったりする。無為に逆らうと後ですねたりして面倒だし。
屋上。常時開放されているわけではなく、部活動やその他で使う時に鍵が開けられるようになっている。「屋上の鍵」というのは実は二つあって、屋上へ行くだけの鍵とその周りへ行くための鍵がある。
屋上へ行くには階段を上がりきって鍵を開ける。その時に鍵が一つ必要になる。目の前の重い鉄の扉（ちょっと錆びている）を開けると教室三つは楽に入りそうなくらいのスペースがある。その周りは管理施設のようになっていて様々な器材が設置されてある。太いパイプや頑丈そうな扉に守られた鉄の箱。ソーラーパネルなんかも見える。が、そういった場所へ簡単に立ち入りできないようにぐるっと金網で仕切られてある。ここでもう一つの鍵が必要、ということになる。
言うまでもなく周囲への鍵は生徒には貸し出されない。定期点検やチェックの時に学校関係者や業者が使うのである。屋上は全部こういった設備に囲まれているので、生徒が手にできる鍵だけでは屋上の「へり」にまで行くことはできない。これは不慮の事故なども防げる、ということでもある。
演劇部とか詩吟部とか。声を出す部活が日替わりで放課後に利用するのが屋上（正確には屋上のちょっとしたスペース）というのが生徒たちの主な認識。でも鍵持ってる生徒がたまにこっそり開けるので昼休みにここでお弁当を…という生徒も少なくない（教師側もそれくらいなら…と黙認してるとか）。ベンチとかそういったしゃれたものはないのでちょっとした出っ張りを利用したり、自前のシートを持って行く連中もいるんだとか。
啓児と未来がそれぞれ弁当片手に訪れた時も何人かが昼食をとっていた。場所が場所なので、例えばボール遊びをする、とかそういうことはまずない。「周囲」にボールが飛んで行ってしまったら回収に手間取るから。さすがにそういうことになれば厳しく注意されるので、皆の暗黙の了解、となって新入生にも受け継がれているらしい。
それでも話し声や笑い声はあちこちから起きている。静かな場所、というわけでもない。
あんまり深い？話？はできないかも…？
…まあ、そりゃあ、仕方ないのかなあ…。
教室でいいかな、と当初は二人も思ってたのだが。真記はかしこが連れ去ってしまったし。…しかし今度は三輪団員が啓児を探しに来たのである。コンピュータ研はその名前とはどこか違っていて「うちは横の結びつきが強いっス」なんだそうで…いや、多分単純に七咲君とご飯食べたいだけなんだろうなあ…とか未来は思っているけど。仲の良い友達と一緒に昼ご飯、というのは当たり前のことではあるし。
その三輪団員があの大声上げながら探し回っているのが見えた（いや、聞こえた）ので屋上に行こう、ということになってしまったのである。
二人して適当な「出っ張り」に腰を下ろして…一息。
未来の弁当は昨日の残りのコロッケと野菜炒めと卵焼き。ご飯にはふりかけを散らしてはあるが、先守が当番だったのでこういう一種「武骨」な印象になってしまった。明夫だったらもっと品数も少なくてシンプルなものになっていただろうし、羽佐人だったら妙なところに凝っていたりする。
…七咲君は…？
コンビニの唐揚げ弁当。…そう言えば啓児はいつもは学食だったはず。三輪団員が来たのは学食へのお誘いだった、というわけである。今日に限って弁当、ということは未来と話すために買ってきたのだろうか…？
しばらくは二人、黙ったまま弁当を食べる。
…さびしくないのかな…。
考えてみれば「こっち」に来る時は一人のはずである。と言うことは家事を自分一人でやらないといけない。
…お弁当、作ってあげたら喜ぶかな…。
いやいやいやいやいや。ちょっと待って。
なんでそんな風に考えが行ってしまうのか、自分でもよく分からない。
「…どうかしたの？」
「いや、うん、その、なんでもない」
自分でも分かるほど顔が真っ赤になっている。
「うん、なんでもない。なんでもない。…で、でー…話って？」
「ああ。うん。えっとね…これを」
ポケットを探って取り出したのは…メモリーカード？ ゲーム機のものだろうか？
「福田先輩に渡して欲しいんだ」
「…兄さんに？」
「キュリオスの『依頼』データなんだ。三輪君たちと作ったんだ。…多分先輩も気に入ると思うしこれなら委員会も通るんじゃないかな」
ああ、ゲームのアレのこと、と少し時間が必要だった。たしか…何人かで一緒に遊べて依頼とか作れるんだっけ。
