「この間のバージョンアップで『依頼』の複数人数作製が実装されたんだ。複数だから他のプレイヤーに発表前の『依頼』を試してもらうこともできる。もちろん報酬は出ないけど、これでもっと質も高くて『関心度』も高い『依頼』を作ることができるようになると思う」
ちょっと上を向いて、かすかに上気した頬。
「テストプレイって重要だね」
「う…うん」
何の話だかよく分からないけどなんだか楽しそうだから、まあ、いいか、と。
「これを兄さんに渡せばいいの？」
受け取った小さなメモリーカードは…どこにしまったらいいのか、ちょっと分からないけど…制服の胸ポケットにとりあえず入れてみる。忘れなければ問題はなさそうだ…。
「うん。それで分かるはずなんだ。阿多根先輩もそれでいい、って言ってくれると思うけど」
「あたね…先輩？」
誰だっけ。
「福田先輩の友達の…女の人なんだけど…知らないのかい？ よく二人でしゃべってるよ、ゲームのことなんかで」
「…あ、そう…そうなんだ？」
…兄さんの…彼女？
なーんか違うような…いやでも…ねえ？
いたって別におかしいとは思わないし。特にカッコイイとかそんなことを思ったこともないけど…人並みくらいには好意持たれるんじゃないのかな、と妹ながらに思ったりすることはある。あれでしっかりしているところはしっかりしているのだ。…と、思うけど…同学年の人から見たらどんな風に見えているんだろう…？
「もしかして阿多根先輩って、バイトとかしてる人…？」
「うん。駅前のレストランで働いて…バイトしているって。家が…何だったかな、商売をしてるんだったかな、でもそれだけだと足りないから…」
「お金がってこと？」
「そう。お金。だから先輩も働かないといけない。そんな話だったと思う」
…やっぱりあの人か…。
小柄だったけどくるくるとよく動き回る元気な人、というイメージだった。
…と言うか…。
やっぱり恥ずかしかったのかなあ、あの時。それとも何かあったのかなあ…やけによそよそしかったけど。
「…それと」
そっと弁当をしまう。
「ガーフが…来たんだって？」
いきなりである。
「うん。聞いた？」
「…うん」
未来も食べ終わった弁当をしまう。…さっきまで十人くらいでわいわいしてたグループが去ってしまったので、ここ屋上も静かさを取り戻してきた。他には未来と同じような二人組が三組ほど。それぞれがあまりしゃべらない。
天気もいい。抜けるような、とまでは言わないけれど薄青い空だけど雲もない。からり、と風が乾いて吹き抜ける。
「うちと…それからナンタイコウにも来てたみたい」
「ナンタイコウにも？」
「行商人みたいなかっこうしてた」
「なんか…ガーフらしいや」
小さく笑うのだが、どこか照れているようにも見える。恥ずかしがっている…ような。あるいは『困ったなあの人は』とでも苦笑いしそうな。
「あの人も旅人だったんだってね」
「うん。だから僕をここに来させることもできたんだ」
「じゃあ…」
ふと、思いつく。
「七咲君も…旅人？」
すると、ちょっと考え込んでしまう。
「僕が聞いた限りだと、広い意味では僕も旅人ということになるらしい。でも、厳密には違うらしい」
「…そうなの？」
「『世界を渡る』という意味では僕も旅人になるんだけど…自分で渡ってるわけじゃないからね。自分の意思で渡って初めて旅人だ…という言い方を信じるなら、僕は旅人じゃない、ということになる」
…そう言われると…未来も自分もそうなのかも、と思ってしまう。自分から行きたい世界に行ったことはない…？
「何かあったのかい？」
「うん。えっとね…」
