…でも…。
意を決して降りてみる。
一段、降りる。
瞬間、足元が軽くなる。…思わず閉じた目を開けると、そこは漆黒の宇宙の中。しかし周囲に広がるのは無数の蝶。それらはまるでガラス細工のように淡くきらめきながら未来の周りを漂っている。宇宙、と見たのは遠くに星がまたたいているから。いや、あれは…本当に星なのか…。
もう一段、降りる。
瞬間、足元が軽くなる。…真っ直ぐ下へと落ちていく感覚。内臓だけが上に取り残されるような気味の悪い感覚が続く。…と、それはいきなり終わりを告げる。今度は真上に上昇を始めたのだ。やはり突然それは始まり、そして唐突に終わる。
さらにもう一段、降りる。
瞬間、足元が軽くなる。…嗅いだことのない匂いに満ちている。目の前は真っ白。強烈な光で辺りの風景が押し潰されている、というわけでもないらしい。うっすらと何かの形が輪郭だけが見てとれる。だけど、何かはよく分からない。花のように見えるし一角獣のようにも見える。だけど、この香りは…すうっと意識がなくなっていく…。
…なんとか意識だけは逃さないように、踏ん張る。
もう何段か降りたところで立てなくなってしまった。もう立ち上がれない。足に力が入らない。
普通の階段だから他の生徒も通りかかる。昼休みももう終わろうか、という時間帯。どんな風に見られているのか…気分が悪くなった、とかそんな風ならまだいい。
でも…。
もっと、変な風に見られていたら、どうしよう…。
なんとかようやく立ち上がる。階段の途中。下へ降りないといけない。でもその一歩がやはり踏み出せない。…怖い。
…どうしたら…！
「福田さん！」
後ろから腕を掴まれた。少し、力が、抜ける。でも。
「ここにいた！ 大丈夫！」
「よくやった転校生！」
…真記？ なんで…追ってきたの…？
「そのまま押さえてろ！ かしこ！ せんせー呼んできな！」
「わかった！」
…待って…。
「待って！ かしこ！」
走りだしていたかしこがその体勢のまま、少し困った顔で立ち止まる。
「待って。お願い…」
啓児が抱えるようにして階段を降りていく。結構な視線を集めているのだ、すでに。
真記の発案で、階段そばの使っていない教室…時々カギがかかっていないことをなぜか彼女は知っている…へみんなで入る。
「ったくどうしたんだよ、みき」
机が重なっていて、教室の三分の二ほどは、がらん、としている。掃除は二学期末の大掃除の時くらいにしかしないので、窓から差し込んでくる午後の光にホコリがてらてらと舞っている。床にもホコリは積もっていて、普段の教室とは違う匂いがしている。古い本のようなちょっとカビくさいような。
椅子も積んである。一つを、よいしょ、と押してくるかしこ。そこへ未来を座らせる。
「ねえ？」
「…違うの」
「何が？ どうしたのさ？ 最近なんだかヘンってかさあ…」
未来の前に膝をついて、肩をそっと掴む。が、二人の間にそっと手を差し込む者がいる。
「ごめん。ここは僕に任せてほしいんだ。二人にしてくれないか？」
「でも…」
「分かった転校生！ ただし、一つ約束しな」
「…約束？」
「ああ。あたしのまきを泣かせることになったら承知しないからね！ がんばれ！」
ミョーな『分かってるよあたしは全部分かってるよ』な笑顔で親指を、びっ、と立ててかしこを教室外へ連れ出していく。…多分ちょっと何かを勘違いしているような気がする、のだが…それに気づくような人間がこの場にいない。かしこは不安そうに「でも…」を繰り返すだけだし未来はもちろんそんな状態ではない。
啓児本人も…何をがんばるのかよく分かっていない。親指だけをぎこちなく立てて返して見せたりしている。
