怪しい笑みを浮かべたままの真記がドアを閉める…。
啓児は未来の肩にそっと右手を置き、左手を耳の辺りに添える。
「…タンブル、こちらオーパス。コード773だ。繰り返す、コード773。タンブル、こちらオーパス」
未来はのろのろとその顔で見上げてみる。…七咲…くん…？
『…コード773を受諾。オーパス？ 何かあったのかい？』
「緊急事態だ。ヒースに連絡を取ってくれ。ガーフを至急『こっち』によこして欲しい」
『ガーフは現在作戦行動中だよ』
「分かってる」
ぐ、と未来の肩に置かれた手に力が込もる。
「緊急事態なんだ、タンブル。頼む。『そっち』へ戻った時に僕は何でも埋め合わせをする。お願いだ、タンブル」
…誰かと…話してる…。
誰と、というのは分からない。でも…機械的に合成されたような音声が耳に入ってきているような気もする。ただ、何を言っているかも分からない。『声』としての音は聞こえている。だけど何を言っているのか理解できない。
…外国語…？
そう言えば…啓児の発している言葉も理解できない…？
「タンブル！」
『しかしオーパス。君も知っているはずだよ？ 重要な作戦展開中には通信規制が入る。特にガーフは立場上そういう場合が多い』
「…知ってるさ」
『現在敵地上勢力と交戦中だ。部隊の損耗率は38%。敵残存率は70%を超えている。まだまだ予断は許されないね』
「でも…でも…」
『もうしばらく待つんだ。制空権はすでに確保してある。作戦展開は順調で、じきに残存兵力も減る。そうなったら…』
「そんなに待てない！」
…七…咲くん…？
こんな大きな声を上げるところを見たことがない。何を言っているのかは相変わらず分からないけど…。
…怒ってる？ …どうしたの…？
「福田さんがどうなっているのか、分からない。僕には分からない。どうしたら彼女の苦痛を取り除けるか、そんなことも分からないんだ。僕じゃ…どうしようもないんだ」
肩に込められた力が、増す。
「でもガーフなら知ってるはずだ。お願いだ、タンブル。時間がないんだ。僕は…福田さんに何度も助けられた。福田さんがいなかったら…僕は…僕は…」
『オーパス…』
『失いたくないんだ…もう、これ以上…」
『割り込み、失礼するわね。こちらは操縦者総合支援システム登録番号AKGRIY-W-39457・ヒースよ。登録番号XUBWOI-M-123678・タンブル？ 良くって？』
『こちら操縦者総合支援システム登録番号XUBWOI-M-123678・タンブル。オールクリアです、ヒース』
『悪いけれど全部聞かせて頂いたわ。…オーパス？ 聞こえる？』
「ああ…」
『気のない返事ね、もう…。現在の敵残存率は65%にまで低下したわ。対してこちらの損耗率は36%をキープ。でも新たに航空兵力の増強を要請して、ついさっき到着したの。…分かる？ 言っていること？』
『なるほど。新設された第十八隊ですか』
『そう。…あら、敵残存率58%になっちゃったわ。さすがに航空兵力だと対地戦が有利になるわね。毎回こうだといいのだけれど、なかなかそうはいかないわね。ねえ？ オーパス？』
「だから…？」
『鈍いのね。どうしたの？ …今からガーフの指揮権を第二隊のブルズに移管します。現状では指揮官の交代が適切と判断。操縦者総合支援システムの緊急時強制権発動。これにはもう一基の操縦者総合支援システムの承認を必要とします。タンブル？』
『操縦者総合支援システム登録番号XUBWOI-M-123678・タンブル、操縦者総合支援システム登録番号AKGRIY-W-39457・ヒースの緊急時強制権発動を承認します』
「…ヒース？」
『そういうことだから。…タンブル、オーパスの正確な位置情報をこちらに頂戴。急なお話だからお土産も何も持たせてあげられないけど…ガーフの渡りが確実になるわ』
『位置情報、確認。転送します。オーパス、僕らはいつでも君の味方だ。次に会う時を楽しみにしているよ』
「タンブル…ヒース…」
目の前のちょっとホコリの積もった床。そこへ白い光の粒が現れ始める。
『そんな情けない声を出さないの。こちらは操縦者総合支援システム、ヒース。あなたたちのための端末なんだから。…そうそう、女の子には優しくしてあげるのよ。いい？』
光の粒は一気に輝きを増し…そしてその光の中からあのキジネコが湧き上がるように姿を現す。右前脚で耳の後ろから顔をこすりながら。
『…やれやれ。全く難儀なもんだねえ…』
