『…こりゃまた妙なとこへ渡ったもんだねえ…』
おそるおそる、そっと目を開けてみる。
…まっしろ…？
何もない世界。いや、何もない、なんてあるわけない。
しかし目の前に広がっているのは…広がっていると言うかそれしか存在していない、と言うべきか…真っ白な空気、とでも呼んだらいいのだろうか。本来無色透明であるべき「空気」というモノが真っ白になっている、そんな印象。
…呼吸してもいいんだろうか…。
とかそんなことまで思ってしまう。でも特に息苦しいわけでもないし、何か体に異変が起きてるようにも思えない。
『早々変な世界には渡らないもんなんだけどね。本能的に、ってやつかね』
未来の思っていることを読んだのか、ぼつり、と肩の上のキジネコ。
『息したら即死、なんて世界はめったに引き当てないもんさ。渡る直前に体がヤバい、とか思っちまうんだろうさ』
でもちょっと前にかなりヤバげな世界に放り込まれていたのだが…それを思い出したのか、再び、ぶるり、と震えてみせたりして。
『それにしても…』
と、と音もなく床へ降り立つ。
『なんだろうね、ここ』
…床？ 地面？ なんだかどっちも違うような気がする。そっとつま先でとんとん、と踏んでみる。
固いような柔らかいような。妙な感覚…なような、そうでもないような。ものすごく反発しないトランポリンのような、絶対壊れない豆腐のような。踏むだけでこの足元が割れるような不安定なものではないようだ。でもいきなり地の底にまで崩れ落ちてしまいそうな気もする。
「知らない世界ですか…？」
『私だって知らない世界の方が多いさ。でも…ここは…あんまりよく…』
音もないことに気付づく。自分とキジネコの呼吸音まで聞こえそうな。匂いもない。鼻がおかしくなってしまったような、病気にでもなったような。
見えるのは目の前の「真っ白」なだけ。足元の感覚は不安定。大きく息を吸い込んでみても…何も、ない。感じない。
『…ふうん？』
そんな地面から未来を見上げてくる。
「…な、なんですか…？」
『この世界はあんたが渡りたい、と思った世界なんだろ？』
「はい」
今回は「提案」していないのだ。そのまま、ほとんどそのまま未来の思った渡りたい先、ということになる。
いや。…正確には違うかも、ということになんとなーく未来は気づいている。
…何だったっけ…ぽんぽん、って…。
『てことはここはあんたが望んだ世界、ってことになる。成功していればだけどね』
「そう…なんでしょうか…」
『私にゃ分からないよ。望んだのはあんたなんだから』
「そう…ですね」
でも本当にこんな何もない、何だかよく分からない、真っ白なだけで何もないような世界に渡りたい…と思ったんだろうか、自分は？
「分かんない…」
『まあ、こういうこともあるってもんだけどね。まだあんたは知り始めたばかりなんだ』
ひょい、と未来の背中の方へ回り込む。軽く立ち上がるような姿勢になって…ふくらはぎから背中を伝ってリズムよく未来の肩の上に跳び乗ってくる。この乗り方（乗られ方？）はこのキジネコがよくやってくるのだけれど…ガトはもっとのっさり乗ってくる…くすぐったいところがちょっと慣れない。特に足先の当たる背中の一点、とか。
『気長にやっていかないとね。さ、じゃあ、続けようか…もう一回だ』
一つ、うなずく未来。息を吸って吐いて深呼吸。
『やっぱり何か一つとっかかりが欲しいとこだね。曲りなりにもこうやって「提案」なしで渡れたんだ。何か一つでもしっかりと思い描いていれば…』
…え？
何か聞こえたような気がした。真っ白な空気の奥から…何か。それはもちろんキジネコの得意そうな声ではなく…。
…み・ら・い…みら・い…？
自分を呼ぶ声…？