「行ってきます」
「ああ、未来」
今日は羽佐人が出るのがちょっと遅い。珍しいことである。
「先守と明夫にも言ったんだけど…」
「うん。何か話があるんでしょ？ 放課後すぐに帰って来るから。うん、寄り道しないよ」
「…すまない。明夫の部活が休みなのが今日しかないんだ…」
「いいよ。だいじょぶだから。…行ってきます」
…なんか、ちょっと…アレかな。
羽佐人の様子がちょっと…とか思ったのだが。でも具体的にどこがどう、と言えるほどでもないし…誰かに聞かれても何て説明したらいいのか、よく分からない。
「じゃあ、行ってきます」
もう一回声をかけてみる。…居間のテーブルに両肘をついていた羽佐人だったが、未来の三度目の「いってきます」にようやく顔を上げる。
「ああ…行ってらっしゃい」
昨日のことになってしまう。あの「まっしろなせかい」から…今度はあんたが本当に思っている世界へ渡ってみな、ということになって。頭の中のあの『ぽんぽん』と『提案』を何とか振り払って渡ったのが…なんと学校だった。やけにあっさり？したものである。しかも目の前には教室があって、入り口の前に二人いる。それもドアにしがみつくような格好の背の高い女子と…背の低い方は両拳を握りしめている。
「あれ？」
真記と…かしこ？
声をかける間もなく二人はいきなり開いたドアに転がり込み…しばらくがやがやした後に昼休み終わりのチャイムも鳴る。
『…なんだか頃合としちゃいい頃合のようだね』
と、と床に降りるキジネコ。…ドアが開いて真記とかしこ、それに啓児もあわてたように出てくる。
『じゃあ、私はもう戻るよ。あんまり長くあっちを放っておくわけにもいかないし、ね。ここまでできりゃ問題ないだろ？ 後は…慣れだね。回数こなせばいい』
小さな白い光粒が足元に集まってきて…身体が床に沈んでいく。
『…でも忘れちゃいけないよ。あんまりのめりこんじゃいけない。何でもそうだけど、のめり込み過ぎは…いけないよ…』
お礼を言おう、としたのだけれど。そんなヒマも感慨も何もなくキジネコは両手ついたそのままの体勢で沈んで行ってしまったのだった。
…こんな状態で午後の授業なんぞまともに受けられるはずもない…。
啓児はともかく、真記とかしこがちらちらと未来の方を見てくるのだ。当たり前と言えば当たり前である。あのタイミングで未来が戻ってきた、ということは啓児からはそれほど多くの説明を聞いているとは思えない。しかも啓児はあまり上手く説明できそうもないから…ほとんど何も聞いていないうちに消えた未来がすぐに戻って来た、とかそんな状態だったのではないだろうか…。
しかも間の悪いことに昼休みの後は数学、そして体育と続く。数学はあのサキ先生だからどうしようもない。私語なんぞしようものならどんな技かけてくるか分かったものではない。体育は男女別の上に着替える時間が押してくるから休み時間中に根掘り葉掘り聞くわけにもいかない。
従って放課後。三人部活を休んで（正確には我慢できなくなった真記が二人と未来を無理やり残らせた）未来のもとに集まることになったのだった。
とは言っても。
「みき。一体何がどうなってネコと一緒に消えちゃったのよ？」
と真記に詰め寄られても…
「えっとね…まあ…なんとなく？」
としか答えられない。啓児を、ちら、と見ても…
「うん。まあ…そんな感じかな…？」
と頼りない。そりゃあそうである。
「あのね、みらい。もしかしたら…何かにまきこまれてる？」
実際、そういうもんなのだ。が…
「じゃあ何に巻き込まれてんのよ、一体？」
と問われても。未来と啓児は顔を見合わせて…
「何だろ」
「何だろうね」
やはり頼りない。正確なところは啓児はもちろん、未来自身もよく分かってないのだ。何かに巻き込まれているっぽいのはたしかなのだが、それがよく分からない。
ただ…未来が他の世界に渡れるようになったことだけは確か、なのである。まだまだ危なっかしいが。
「それってキケンじゃないの…？」
かしこの心配ももっともである。
「危険な世界は本能的に避けて渡らない、とは聞いてるんだ。だからよほどのことがない限り大丈夫…ってガーフは言ってたけど？」
だけど実は結構ヤバいとこにも渡って当のガーフがとんでもない目に遭ったりしたのだけど…。
「うん。だいじょぶ、そんな危ないとこには渡ってないから…」
こう言っておかないとかしこが泣き出しそうなのだ。
