「…へ？」
そう…だったっけ…？
えっと…。
「あたしらが物心ついた頃っての？ それくらいの時にはまだ遊園地だったんだけどなー…やっぱ覚えてないか」
「そんなのあったんですか」
もしゃもしゃとパンを頬張りながら、真記。…だんだん相手に慣れて？きた様子。
「ん。まあ、大きなもんでもなかったけどね。ジェットコースターとかそんなんもないし。あったのは…メリーゴーランドとね、お化け屋敷。それに…何だったかな、コーヒーカップがぐるぐる回るやつ？ そんなもん」
「遊園地って言うかちょっとした遊び場って言うか…？」
「ああ、そんなもんだね。お化け屋敷ったって脅かし役二人だし二人とも知ってる兄ちゃんだったし。メリーゴーランドは時々止まってたし。調子悪くて。コーヒーカップなんか動いてると珍しい、とか思ったりしたしね」
最近ではあまり聞かない様子ではある。今の世の中なら安全面がどう、とか、管理体制が、とか言われたりしそうではある。
「先輩はよくいってたんですか？」
「そ。みーくんとさっきーと一緒にね」
「さっきー…」
これは誰か分かる。もちろん真記とかしこは分かっていないが、未来は分かる。
「兄、ですか…」
「うん。そう。あの年齢でみーくんとだけ、ってあり得ないっしょ？ 後であっきーも行くようになったんだけど…あの子はさすがに覚えてないかな、年齢的な意味で」
言うまでもなくあっきーとは明夫のことだろう。
なんとなく…分かってきたような気がする。
この人…阿多根先輩、いや、みーちゃんは未来や先守とは幼馴染だったのだ。それもかなり仲が良かったらしい。そして（たしかに行くたびになんとなく気にはなっていたのだが）あのスーパーのあった場所は前に小さな遊園地があって、そこで一緒に遊んでいた、と。
…でも。
じゃあ…なんで。
…わたしだけ覚えてないんだろう？
先守は覚えていたのだ。幼馴染で高校まで一緒、ということまで。だからあのファミレスで行動がおかしかったのだ（明夫は本気で忘れていたようだけど）。…じゃあ、なんで未来は覚えていないのだろう？ 「相手」だった阿多根先輩はこうやってきちんと覚えているのに。
あの頃のことを全部覚えていないわけではない。むしろ覚えていることの方が多い。キタのおばさんのことなんかはきちんと覚えている。でも遊園地のことやゲンゾーおじいさんのこと、そしてみーちゃんのことはすっぽりと抜け落ちるように忘れている。
いわゆる個人差、とかそういう問題にしては差がありすぎる。そんな風にも思う。
「でね、でね。そこであたしのおじいちゃん…ゲンゾーじいさんが着ぐるみに入ってたんだよ。クマみたいなサルみたいな…なんかそんな風なやつ」
真記に負けないくらい豪快にパンにかぶりつき…目を白黒させながら、なんとか、飲み込んでいく。
しかしどんな着ぐるみだったのだろう…？
「風船配ったりね。子供の相手したりしてさ」
「てことは…みきも会ってるってことですか」
「もちろん」
だってさ、じいちゃんいるとタダで入れたんだもんね、とやはり最近ではあまり聞かないような話まで披露してくる。
少し、人の流れが変わってきた。止まっていた生徒の動きがまた活発になってきた、ような気がする。
「さて。…一年生の子たち」
ずびびび、とやはり持参のパックの牛乳を飲み干す。一息で。
「？」
空のパックやパンの袋をささっと空き袋に突っ込み、すうっと立ち上がる。舞台上の、ちょっとは名の知れた女優のように軽やかに…そこまで軽くはないけど…くるっと回って見せたりして。ただし、最後はちょっとバランスを崩してかかとで体勢を立て直す。
「そろそろ昼休みも終わりだ。…午後も勉学に励みたまえよっ！ じゃあ…またっ！」
敬礼のまねごとなんぞしてみせて、両手を横に大きく伸ばして…笑いながら走って去ってしまう。そしてチャイムの音が。
…あ。
ということは未来たちも急がないといけない。大慌てで昼食をかきこみ…三人もまた、走り出すのだった。
