「あれ…兄さん、早い…」
「ああ。父さんが話があるって言ってたからな」
居間のソファにはすでに先守の姿が。新聞に目を通しているが、どこか…真剣に読んではないような。
「…珍しいよな、父さんから、って」
「うん」
未来はテーブルの方の椅子に腰を下ろして、テーブルに頬杖をつく。いつも皆で食事をする方である。まだ制服から着替えていない。先守も…着替えていない。
…何だろ、何かあったのかな。
すぐに明夫も帰ってきた。ばたばたと忙しく足音が響いてきたので間違いなく彼だ、と分かる。
三人、まだ着替えていない。
先守はずっと新聞に目を落としたまま。未来もやはり頬杖ついたまま。明夫は…冷蔵庫から勝手に牛乳を取り出し（パックのまま）食パンを探し出してそのままかじり始めた。もちろん牛乳はパックからの口飲みである。兄も姉も何も言わないのは1リットルくらいすぐに飲み干してしまうことを知っているから。ついでにあと二本くらい牛乳あったよな…そうね…と思ってるからだったりする。
果たして。大きく長く息を吐いて…明夫が流しにパックを持って行く。中を洗って開いて干しておくのだ。
「で、父さん何て？」
「まだ帰ってない。…着替えて来いよ。なんか大事な話っぽいし」
「兄ちゃんだって姉ちゃんだって着替えてないじゃんか」
「あたしは…ほら？ 先に着替えておいでよ」
「なんかめんどくさいなあ、話終わってからでもいいんじゃね？」
「…それでも別にいいけどな、どんな話か分からないんだし」
「そうね…」
そこへ羽佐人が帰って来る。
「…ただいま」
「おや。みんなもう帰ってたのかい？」
いつもの様子…ではない。
顔色が良くない。白い紙のようにのっぺりとしていて生気、というものがない。感じ取れない、と言った方がいいかも知れない。当人が生気を出していないのだから。
「はは。父さんがビリっけつかい、こりゃあ…参ったね」
もう帰ってたも何も。いくら明夫が部活で遅くなっても羽佐人より遅くなることはない。過去に一度だけ、先守が学校の用事が長引いた時に羽佐人がたまたま早めに帰ってきていたことがあって…そんな偶然の偶然の時しか羽佐人の後に三人のうち誰かが帰ってくる、なんてことは…ない。
食卓のテーブルにそっとカバンを置く。静かに椅子を引く。ジャケットに手をかけて…いや、と思い直したように着たまま腰を落とす。
テーブルによりかかってパンをかじっていた明夫がパンをしまう。やはり何も言わずに椅子に腰を下ろす。
り……ん……と風鈴の軽やかな音が鳴った。羽佐人か未来の部屋だろう。窓をきちんと閉めてなかったのかも知れない。
「…話って何だよ」
怒ったような声の先守。
「うん」
羽佐人は一回だけ大きく息を吸って…吐く。思い直したようにジャケットを脱いで丁寧にテーブルの上に置く。そしてテーブルの上に置いていた自分のカバンの中から大きな灰色の封筒を取り出す。
「失踪宣告って…知ってるかい？」
…しっそうせんこく。
聞いたことあるような、ないような…？
「簡単に言えば行方不明になった人、その人の…」
息を飲み込む喉の音がはっきり聞こえた、気がする。同じテーブルについている未来と明夫はぎゅっと拳を握りしめたところも見ている。指の付け根が白くなるくらい。
「その人を…あきらめる、ということだ…」
あきらめる。
誰を？ とそんな疑問が頭の中に浮かぶ未来。しかしそれはすぐに先守の声で消し飛ばされた。
「母さんか…」
「ああ」
「君たちの母さんだ。そして…私の妻・今日子だ…」
