「そうじゃないの。そういうことじゃないの」
「何がだよ」
「父さんは本当に悔しそうだったの。…本当はわたしたちの中でそういうこと一番したくない、って思ってると思う」
不思議だな、とかそんな風にも思う。…わたし、なんでこんなにしゃべってるんだろう、と。
もちろん先守や明夫とはよく話をするし、兄弟姉妹の仲が良くない、とは思わない。でもこんな風にしゃべっている自分、というのが…なんだか不思議なのだ。あり得ないと言うか珍しいと言うか。真記やかしこが見たらびっくりして額に手を当ててくるかも知れない。
「…父さんが？ じゃあなんであんなこと言い出すんだよ」
「父さん泣いてたんだよ。あの父さんが」
「…ふうん」
「兄さんは…反対？」
再びじっと兄の目を見つめる。…ふ、と今度はその目から自分の目をそらしてしまう兄。
「賛成なわけねえだろ」
ももの上の置いた手は、ぎゅっと握っている。強く、とても強く。
「うん。わたしも反対」
「おい」
「でもね。…やっぱり実感ないんだ。ほんとに」
「…覚えてねえのか？ おまえ？」
「兄さんはどこまで覚えてる？」
「どこまでってそりゃあ…」
「わたしが覚えているのは、『母さんがいた』ということだけ。幼なじみのことも覚えてなかった」
「美咲か」
「兄さんは覚えてた？」
「もちろん」
…やっぱり差がある…？
やはり、という確信。自分と兄とで何が違うのか…？
妙に冷静な自分が憎たらしくも思えてしまう。話の内容としてはそんな風に思えてしまうのはいささか不謹慎だ、ということは頭の中では理解できている、つもり。それなのに冷めた目でどこか遠くから見つめている自分がいるような気になってしまう。
先守は顔色が青くなったり赤くなったりしてきている。…動揺しているのだ、ということはよく分かる。…じゃあそんな自分はどう見えているんだろう…？ とかそういうことまで思ってしまうのだが…。
…なんて不人情な。
そんな風にまで思えてしまう自分が…なんかヤだ。でも逆になんかおかしくもある。ヘンで奇妙な感情ではある。
「明夫。…そこにいるんだろ？」
静かにドアが開いて…腰をかがめてへへへ、と怪しげな笑みを張り付かせた弟が入ってくる。何か手にしているらしい右手で…ペン、と頭を軽く叩く仕草。
「何やってんだ」
「へへ、こんちお日柄も良く…」
「たいこもちなんてどこで知ったの？」
「分かる？ やっぱアネさんだねえ」
ベッドの前はその姉が膝を抱えるように座っているので、その横をすり抜けるように、ひょい、と軽くジャンプしてベッドに跳び乗ってしまう。こういう動きがすんなりできてしまう辺りさすがではある。
「だって一緒に聞いてたじゃんか。前に。父ちゃんと。ねーちゃんと」
…え。
「ああ。そうだったな。お前、よく未来と一緒に父さんの部屋に入り浸ってたっけか。落語だろ？」
「そそ。結構面白いんだよな、アレ。ま、なんだかんだで行かなくなっちゃったけどさ」
「こっちだろ？」
下から突き上げるようにボールを放る手つき。
「うん。ハマるとね、やっぱノッちまうんだよねえ…」
