…あれ、そうだったっけ…？
高校行く前…いや、小学生くらいの頃には羽佐人の部屋に入り浸っていた記憶はある。色々な話を聞いた気もする。落語のこともあるし、昔の、歴史的な何かそんな話も聞いた気がする。でもその時に明夫が一緒にいた記憶まではない。先守も…いなかった気がする。一人であそこにいた、ような…？
「お前、小六くらいまで行ってたよな」
…え？
「そうそう。ねーちゃんも一緒だったしな。ねえ？」
つまり未来は中学生の頃まで羽佐人の部屋に行っていた、ということになる。二つ違いの弟だから…でも、もっと早くに行かなくなっていたような…。
思わず腕を組んで考え込んでしまう。え？ え？ え？
「あれ？」
「どうした？」
「わたしって…そんな頃まで父さんの部屋、行ってた…？」
「俺の記憶が間違ってなければな。ついでに言っとくと俺も父さんの部屋はよく行ってたんだぜ」
「うそ…」
「うそじゃねえよ。まあ、俺はそんなに長いこと通ってなかったけどな。中学前くらいまでかな、俺は」
「明夫も…？ いたの…？ あそこ…？」
「そりゃもう間違いないって。ねーちゃん、きちんと正座して落語聞いてたんだぜ？ 途中で足しびれてすぐに崩しちまってたけどさ」
…そう言えば…わたし、どんな風に父さんの部屋で座ってたんだろう…？
そんなことも思い出せない。
とん、と立ち上がる。
「…父さんに聞いてこよ」
えー…今から？ と明夫。ちら、と先守の顔をうかがったりしている。
「二人も来て。お願い」
「俺は…」
「来て」
羽佐人はまだ居間のテーブルにいた。カップを手に取ってコーヒーをすすっているようだ。未来はちょっとホッとする。
「…父さん」
ん、と振り返る顔は…いつもの羽佐人にも見える。しかし灰色の大きな封筒を前にした表情は…やはり明るいものではない。
「どうしたんだい…？」
どこか戸惑った顔の明夫とちょっとぶすっと顔の先守と、そして。
「母さんのこと。昔のこと。どれくらい覚えてる？」
「今日子さんのこと…」
「父ちゃん、アレだよな、オレねーちゃんと一緒に部屋行ってたよな？」
「…そうだったかな…」
言われて考え込んでしまう羽佐人。よく覚えてないのだろうか…？
「そうなんだよ。なあ、兄ちゃんだって覚えてるだろ？ 母ちゃんだっていたじゃんか、あの頃」
「…まあ、な。母さんの部屋ってなかったしな」
思わず顔を見合わせる未来と羽佐人。
「そう…だったっけ…」
「何だよ覚えてないのかよ。俺ら…つっても俺はすぐに行かなくなっちまったけどさ。父さんの部屋ってたまり場みたいになってたよな？ で、母さんが話をしてくれたんだ、よく。…何だっけ、ファンタジーっぽいやつ」
「あ。オレ、それ覚えてる。寝ようかなって時にもよく話してくれたんだ。ほら、覚えてるだろ？ ねーちゃん？」
「えっと…」
再び羽佐人の顔を見る。小さく、ゆっくりと顔を横に振っている。
「忘れちまったのか？ ほら、ナンタイコウっつってさ。海と山に囲まれた小さな町に…ってさ。俺、あれ聞いてなかったら今もゲームとかやってねえかもな」
「剣と魔法の世界ってやつだったよね？ 今思い出してみたらありがちなやつだけどね」
「でも面白かったよな。色んなのが出てきてさ。えーと…やたらめったら真っ直ぐな剣士のハリエルと…もう一人、いたよな。誰だっけ？」
