「まあ、いいにゃ。吾輩はキュリオスに仕える五十音属が一人、ネイト。ここにはメンテナンスでやって来たのにゃ。前にアイト様がここへいらしたんにゃが、知っているにゃろ？ あの気高きアイト様を？」
…誰の事だろ。気高いとか言われても？
でもなんとなく、なんとなくだが見当はついている。…たぶん、あの時のアレだろう。
「時間止まった時…ですか？」
「時間が止まる？ …ああ、今のここみたいな感じかにゃ？ そんにゃもんにゃろうね」
「アイト様のことにゃから、御自らではにゃく、ここの誰かの体を使って正式認証されようとしたはずにゃが？」
間違いない。時間が止まって、ガトが妙なことになった、あの時のことだろう。リョンカとベルホは『キュリオス様』と呼んでいたけれど、あれは本当はこのぼてっとした猫の…仲間か上役か何かだった、ということなのだろう。
「そのアイト様って誰ですか？」
自然と膝を折ってしゃがみこむような姿勢になる。ネイトと名乗るこの太い猫。さっきまで二本足で立っていたのだけれど…話しているうちにずるずると腰が下がって行ってしまって、今は完全にお尻から、ずどどどん、と座ってしまっているのだ。それも両足（もちろん両後ろ脚）をだらしなく投げ出して。
そんな状態だからこっちも立っていると話しにくくなってきている。ただ、当猫はそういうことをあまり気にしない性質のようではある。
「アイト様はアイト様にゃ。五十音属で最も気高く最も力のあるお方にゃ。全ての世界に通じ、正にキュリオスの右腕も同様にゃ。そう…あのお方に対抗できるのは二十六字属のエーカー様くらいなのにゃ。ふふん、どうにゃ？ すごいにゃろ？」
正直、何がすごいのかよく分からない。が…ちょっと気づいたことがある。
「アイト様がトップ、ってことは…五十音属ってひらがなとかカタカナの五十音の順番なんですか？」
「そうにゃ」
「次がイイト…ウイト…エイト…？」
「うむ。様を付けるにゃ」
「じゃ、一番最後の『ン』は…ンイトって…」
…言いにくそうだなあ…。
「ああ、奴だけはイントになるにゃ。吾輩ネイトよりもずっとずっと下の、使えない奴にゃけどにゃ」
なぜか鼻息が荒くなる。文字通り、ぶふふふふん、と。
…んでも…。
…『ネ』ってなんか位置的に微妙なんですけど…五十音の中でも。
まあ、それは言わない方が良さそうではある。当猫は気にしないかも知れないけど、余計なことは言わない方がいいことに変わりはない。
「そのアイト様が来たのは…」
「認証にゃ。正式認証。この世界のクリエイターが定めた条件、それが正しく動作しているかを判断することにゃ。ただ…あの時は何か不都合があったと聞いているにゃ。何か知らにゃいかにゃ？ 報告は多い方がいいにゃ。えーと…？」
言いかけて、手にしていた（と思われる）手帳？を横へ置くような仕草をする。そしてその奥から何やら今度は少し大きめの帳簿？らしいものを引き寄せるような仕草。
「…ミライ。フクダ…ミライ。んん？ もしかして…対象人物の一人、フクダミライのことかにゃ？ フクダサキモリとフクダミライ、そしてフクダアキオが対象人物とここにはあるにゃ」
…え。
「……？」
「どうかしたかにゃ？」
「え、えっと、その…たいしょうじんぶつって…何のことですか？」
これだけ絞り出すのが精一杯。
「にゃんだ、そこまでの旅人のくせにそんにゃことも知らにゃいのか？」
やれやれ、とでも言いたげに両手（両前脚）を上げて肩をすくめて見せる。…いや、肩はないけども。
「対象人物というのはその世界を構築する時のキーとにゃる人物のことにゃ。目的の一つと言ってもいいにゃ。」
「世界を造る目的は様々にゃ。でも対象人物がいる、ということはその人物のためにその世界は造られた、ということになるのにゃ。もちろん対象人物がいにゃくても世界を造ることはできるし、存在し続けることもできるにゃ。でも本来の目的のためにはきちんと正式に認証しておかないといけにゃいにゃ。そのためにも吾輩たちがいるのにゃ」
…誰かに…造られた、ここも？ ナンタイコウも？
「誰が…造ったんですか？ ここは？」
「ふむ…フクダキョウコとあるにゃ。知っているかにゃ？」
