早いもので、もう放課後だったりする。
ここのところは真記もかしこも未来の状況には慣れてきているのか、あまり「あっち」のことは聞いてこない。かしこはまだまだ興味があるようだけど、それも日常的なおしゃべりの中で、ちょっと、といったくらいになってきている。真記に至っては聞いてくることもほとんどない。二人の他には知っている者がここにはいないので…話したって本気にはされないだろうけど…いつも一緒にいる二人が話題にしてこない限り未来から「あっち」のことを話すことはまずなくなってしまった。
…阿多根先輩は何だかそっち関係？のことも知っていそうだけど、上級生とは階が違うのでなかなか会うことはない。
そして…もう一人、そっち関係？のことを知っている人間がいることはいる。
一階の昇降口。夕陽が赤い。ここのところ彼は三輪団員と一緒に例の部活やっててなかなか時間が合わないのだけど…。
「…福田さん？」
ちょっと、話してみたくなって未来は待ってみたのだった。昇降口のそばの壁に身を預けて、軽く手を振って見せたりする。
他にも何人か生徒がいたりする。時間的には帰宅部にしては遅いけど、部活に入っているのならちょっと早いか、といったところ。朝や放課後直後ほどに混んでいるわけではなかったりする。外からは運動部の掛け声が遠く聞こえてくる程度。
「あ。アネさん…」
後ろから、ひょい、と顔を出す三輪団員。くるっと回れ右。
「…あー、自分、ちょい忘れ物ッスね。先に帰るといいッスね、七咲」
「忘れ物？ じゃあ僕も…」
「いや、いや、そんなんじゃないッスから…じゃあ、後は頼んだッスよ！ アネさん！」
…走って戻って行ってしまう。…何を頼まれたのか、ちょっと考えてしまう未来と啓児。しかし。うーむ…「漢」である。
とりあえず…バス停に向かう。いつものコース。
「今日は早いの？」
「うん。まあまあ」
肩を並べて歩き出す。…どこから話したもんかなー、やっぱり案内書のアレのことかなー…。
「実は僕もちょっと福田さんと話したいことがあったんだ」
「え？」
「…どうしたら君みたいな旅人になれるか。ガーフとも何度か話したんだ…」
「何度か？」
「いや…何回も何回も、ね」
啓児の「あっち」と「こっち」の行き来はやや特殊で時間の経ち方も違っている。未来にとっては一日ぶりに会ったとしても、彼にとっては数か月ぶり…とかそんなことになっていたりすることもある。だから色々と話し合う時間もある、ということになる。
「じょ、じょうざいほう…？」
常在法、と書くらしい。ノートの端に丁寧な文字で書いて見せてくれる。
「うん。先達…つまりガーフみたいな存在だね。ああいう存在から『何か』を預かってずっとそばに置いておくんだ。できるだけ肌身離さず」
「そしたら、旅人になれるの？ それだけで？」
「そう簡単にはいかないそうだけどね。でも素質や縁がある存在なら、長いこと時間をかけて文字通り『何か』と常に一緒に在ることで旅人になることはできる。ガーフは君は常在法によって旅人になったんじゃないか、って。自分で工夫したり修業したりする方法が一般的なんだそうだけど、常在法だと本人に自覚がなくても旅人になれることもあるってね」
「じゃあ…わたしが誰かから『何か』を預かってるってこと？ 今も？」
「うん」
「でも『何か』って…」
ちょっと、考える。
「何だろう…？」
「君の場合はあれだよ。キュリオス…案内書の手引きがあるらしいじゃないか。あれはきっと誰か先達が君に託したものだと思うんだ」
そう言えば、アレは一体どこから出てきたものなのか。まだ分かっていない。が、実は最初から自分の部屋にあった、ということならなんとなく納得はできる。証拠の品は実は現場に最初からあったのです…なんて、そういうのはミステリとか推理モノとかによくありそうだし。
「…もしかしたら、あの案内書ってみんなに見えているわけじゃないのかな…」
「見えてないと思うよ。非常に特殊で非常に貴重なアイテムらしいしね。だから見えるようになった、というところからも常在法によって君の旅人への道は大分進んでいた、と考える方が自然だね。そして何て書いてあるか読めるように、内容を理解できるようになる。そんな段階を経て君は本当の意味での旅人になった、と思うのだけれど…案内書の手引き一つだけじゃ弱いだろうってガーフも言ってた。そういうの、他にも何かあるんじゃないのかい？」
「わたしの…部屋にってこと？ まだ他にも『何か』があるってこと？」
「うん。心当たりはないかな？ 一つではなくいくつも『何か』があった方がとっかかりも掴みやすいから旅人になりやすいって話だしね」
…今度探してみようかな。でも…何だろう？ 他に？ 『何か』って？
