なぜか…なんかどっかでこういうのを見たような聞いたような気もする未来。やはり阿多根先輩の言うように自分はかつてここによく来ていた…のかも知れない。
「まま、とりあえず入ってよ。なんか買うのはちょっと後でもいいっしょ？」
商店街の一角。おもて（つまりは道側）から見ると『あたね魚加工』という看板がかかっている。看板、と言ってももちろん新しいものではなく。白地に黒くペンキで書いてあって…なかなかの達筆だろう、とは未来も思うのだけれど…白かっただろう下地はやや黄色くくすんでしまっている。『あたね』の『あ』の横棒がちょっとかすれて見えて、崩れた『め』に見えないこともない。
「……？」
「見覚えない？」
「えっと…はい…」
「はは。やっぱりかー…」
店の入り口である。ガラスに太い木枠のはまった引き戸（がらがら、と重い音がする）を開けてくれる阿多根先輩。魚特有の生臭い匂いが少し強くなるが、不快に思うほどではない。料理もやる未来だからかも知れないけど。
「かーさーん、みーくん来たよー？ ほら、あのみーくん？」
時間も時間だから商品もほとんどない。鮮魚も扱っているようで、氷を敷き詰めた台？のようなものもあるのだけど、こちらは見事に空っぽ。しかし正面のガラスケースにはすり身を円形に揚げたものと、ちくわっぽい？ものがまだ残っている。お客さんはいない。もうそろそろ店じまい、というところなのだろう。
「え？ みーくん？ 未来ちゃん？ あらあら…久しぶりやねえ、元気だった？」
のれんを、ひょい、とくぐって奥から出てきたのは阿多根先輩と同じくらい、いや、もっと背の低い女性。笑顔や動きの雰囲気がそっくりだから阿多根先輩のお母さんだ、ということは見てすぐに分かったのだけれど。
…？
こちらはどこかで会った気がする。どこだろう…？
「まあまあまあ…ほんと、大きくなっちゃって。先守くんは今でも時々来てくれるけどねえ、ホントに…ねえ、キレイになって、ねえ？」
未来の体を確かめるように両手でそっと触ってくる。その優しい動きにも…やはりどこかで会ったような気がしないでもない。
「ちょ、美咲。お茶でも出してあげいな。ホント久しぶりなんやから。…ほら、上がって？ ね？ ね？ ね？」
しかしどこかで覚えがあるのはその言葉遣い…のような気がしてくる。イントネーションが明らかに違う。『来てくれる』がしり上がりにやわらかく上がっていったり『みさき』の呼び方もやはり最後の方がゆっくりと上がっていく。元々がこの辺りの人ではない、ということなのだろう…。
エプロンを付けてはいるけど販売用、と言うより作業用のものに見えたりするから、奥が作業場になっているのだろうか。…するとのれんがまた、ひょい、と持ち上がってすき間から顔が覗く。お母さんの方はのれんのはるか下に頭があったのだけれど、こちらは余裕ですき間に顔がある。
「…ああ、未来ちゃん来てるのか。珍しいな」
ゆっくりとしたしゃべり方。こちらはこの辺の人の話し方。
「なあ、そうよねえ、久しぶりよねえ」
「うん」
「夕食のおかず買いに来たんだって。父さん、いいの見つくろってあげてよ」
「うん」
「な、わたしお茶の用意してくるわ。…そうだ、未来ちゃん、お夕飯。お夕飯、一緒に食べよ？ な？ 前はうちでよう食べとったやん」
「あのね母さん、みーくんおかず買いに来たんだよ？ 帰っておじさんとさっきーとあっきーと食べるに決まってんじゃん。何言ってんの？」
「あははは、そうやったねえ。もう…あかんねえ、年ばっか食いよる」
「それはお互い様だ。…ゆっくりしていくといい。おかずはいいのを揚げてあげるから」
唇の端をそっと持ち上げるような…あまり笑うことに慣れていない笑み、を残して大きな体は去って行った。
その瞬間、どこで会ったのか思い出した。
…マリカさんと…ソケイさん？
単に背格好やしゃべり方が似ている、とかそういうのではない。雰囲気と言うか空気と言うか、元々の「性質」と言うか。根っこのところが同じのような気がする。言い方が若干違うような気がするけれど、それぞれが双子…みたいな？ そこまではさすがにちょっと違うかなー、とは思うのだけれど（世界も違うわけだし）他に良い例えも思いつかない。兄弟姉妹では何だか離れすぎているような気がするし…親戚、というのもやはり何だか。
奥に通される。おもて側は店になっているけど、その奥が作業場になっているんだそうだ。二階建てになっていて二階が自宅。しかし自宅の面積はそれほどでもなく、部屋数も少ないからあたしは自分の部屋なんか持ったことがないんだよねー、と笑っていたりする。
「ちょっとここで待っててよ」
魚と油の匂いが漂う作業場（あのお父さんのあの大きな背中とお母さんの小さな背中が作業していた）のすぐわきに畳六畳敷きの小さな部屋があってそこへ通される。ここは昔は忙しい時の臨時雇いの人たちの休憩所になっていた、らしいのだけど今はそういうこともないので時々ちょっとお茶飲んだりとか…いつの間にか家族の居間みたいになってしまった。二階にもそういう部屋はあるのだけれど、一階のこっちの方が手っ取り早い？のでそういう部屋になってしまった、らしい。
阿多根先輩は二階へ上がって行ってしまった。どどどど、と結構な勢いで。
「…おじゃまします…」
ドアはもちろん、引き戸も何もない。部屋の二面は作業場に向かって解放されていて、膝くらいの高さに畳が敷いてあるような状態。何かの箱？がいくつか見える。そしてちゃぶ台があって…その奥に、誰かいる…。
