「今日子さんは世界を構成する要素の一つにヤマアジサイを選んだ」
膝に手をやってから…よ、と小さな掛け声。立ち上がって壁を向き…ちょっと考え込む。
「えっとなあ…」
「これこれ」
阿多根先輩が壁にかかっていた額入りの写真を二枚、ささっと外す。
「今日子さんだから、これとこれでしょ？」
「うむ。さすが我が孫じゃ。誉めてつかわそうぞ」
「いらんわい、そんなの」
差し出されたのは先ほどの『東雲』の一枚と似たような葉と花が写っている二枚。
「これは…」
「やはりヤマアジサイの品種でな。『黒姫』と『伊予獅子手毬』じゃ」
…クロヒメ…イヨシシテマリ…？
さっきの東雲よりももっと大きめな花に見える。形はやはり小さな花びら四枚（色も白地に薄い青だけど、青がかなり強い）のやはり小さな花がいくつかあって、ぶつぶつの…青紫の粒みたいなものを囲んでいるような様子。でも明らかに葉っぱとか茎の緑色が東雲よりも濃くて、太い。
対してもう一枚は…黒姫ほど大きくはないけど東雲ほど小さくもない、ような？ しかし花の様子が全然違う。四枚の小さな花びらのついたやはり小さな花（こちらは真っ白）がたくさんボールみたいに丸くまとまっていてぶつぶつは全然見えない。よく見る普通のアジサイの小型版、みたいなものだろうか。それでも密集具合が濃い、と言うかぎっちり詰まっている、と言うか…。
…クロヒメ。…イヨ…シシテマリ？
再び膝に手をやって、よ、と小さな掛け声と共に座るゲンゾーじいさん。孫の淹れてくれた、少し冷めた茶をすすっていたりする。
「世界を創る、ということはあまりにも漠然とし過ぎておる。そこで何らかの『とっかかり』が必要じゃ。今日子さんはその一つにヤマアジサイを選んだ、ということじゃ。どこかで聞き覚えがないかの？ クロヒメと…イヨシシテマリ」
「はい。あの、えっと、よく一緒にいる友達の剣の名前がクロヒメで…やっぱりよく一緒にいる子のグローブがシシテマリでした…」
「やはり武器名と来たか。ふむ。名前だけ、というところかのう…他には何かないかの？」
「クロヒメ持ってる友達がクレナイという剣持ってます」
「『紅』か…それもヤマアジサイにあるんじゃ」
さっきの簡易？アルバムを手に取って、ぱらぱらとめくっていく。
「どこじゃったかのう…あれはなかなかいい色が出なかったからのう…」
「ね、その友達ってさ、二刀流ってこと？」
阿多根先輩はこっちの方が気になるらしい。ちゃぶ台に乗っかって来るような勢い。
「にとうりゅうって言うかどうかは、ちょっと。クロヒメは細い剣だけどクレナイは両手で持つ大きな剣で…」
…そう言えば前になんかヘンなこと言ってたっけ。
「俺はまほーけんしなんだ、って言ってました。どっちも炎の魔法が出てきますし」
「へー…魔法使いながら剣も振れるってか」
「でも剣としては、あんまり使えないって、そんなことも。魔法装具はそんなものだ、ってガトも…」
「ガトってのがそのお友達？」
「いえ。ガトはおと…オスの黒猫で、その友達はハリエルって言って…」
「オス黒猫の…ガトとな？」
アルバムから顔を上げて、妙な顔。妙、と言うより「はて…？」と言うような、考え込んでいるような顔。
「はい。ガト・カッツェって言ってました」
「ガトはスペイン語で猫の意味じゃ。カッツェはドイツ語でやはり猫。猫…猫、のう…」
今度は本気で考え込んでしまっているようだ。ページをめくる手を止めて、すすけた天井を見上げてしまう。
「本当の名前じゃないって言ってましたけど…」
「多分そうじゃろう。ネコ・ネコなんて意味の名前じゃし。しかし…今日子さん、それほど猫好きじゃったかなあ…あんまりそういう記憶はないんじゃが…」
「忘れてるだけでしょ、モーロクしたなあ」
「いかんぞい。モーロクじじいとか言うては」
「あの」
「なんじゃ？」
「その…母とは一体どういう関係で…？」
「言ってなかったかの。そう、それは人にはあまり話してはいけない秘密の関係でな…」
ぱっかーん。
「…痛いのう痛いのう。悪かったわい。…先達じゃよ、先達。今日子さんが世界を創ろうとしてた頃…いや、普通に旅人してた頃からの先達じゃ」
