「んでさ」
いつの間にか戻ってきている阿多根先輩。急須と…茶碗三つと。
「七咲君ってどうなの？ あの子もやっぱり旅人なんでしょ？」
ちゃぶ台に両肘をついて…おせんべいを、ばりん、と。…なぜか自分だけせんべいを一枚。しかしもう一枚持ってきていて未来に渡してくれたりする。
「えっと、旅人って言うか…その」
せんべいを受け取って、未来も、ばりん、と。
「じょうけん…とかでしたっけ。そういうのらしいです。それで『こっち』に渡ってきてます」
「その彼は自分の力では渡れん、条件渡過で渡ることができる…と」
「はい。その七咲君の上司がガーフと言って…この方がわたしのせんだつ、ということになります」
「そのガーフ氏が渡らせている…のかの？」
…そう…だよね、うん。
「…そうだと思います。条件が『命を全て失うこと』って言ってましたけど、休暇みたいなものだ…って」
「『命を全て失う』って死ぬってことじゃないの？」
「しばらくしたら復活するって言ってました。死ぬ…世界から完全に消えるのはまた別の話、とかで」
軽く首を傾げて…ごくん、と残りのせんべいを飲み込む。
「なんだかよく分からないなあ、あの子、一体どんな世界から来てんのよ？」
「美咲よ。世界なんてはのは大抵はそんなもんじゃ。余人が知ろう、理解しようとしてもなかなかに難しい…」
未来も『バン・ハンドル』のことをそこまで詳しく知っているわけではない。でも知ってる限りシステム？を説明してみる。最初に啓児から説明された時にはなかなかよく分からなかったし…これは難しいよねえ、とか思っていたのだが…。
「あ。残機ってことか」
と、あっさり理解してしまう阿多根先輩。
「ほう。美咲にはどんな世界か分かるのか…？」
「まあね。それ…アクションとかシューティングだとよくあるやつだね。持ってる残機ゼロになるとしばらく行動不能になるってとこかな。そうなったら渡るようになってるってか…なーるほどそりゃたしかに『休暇』だわ。コンティニューするまでどうせ動けないだろうしね」
「美咲にはよく分かるようじゃが…」
やや照れたような笑みを浮かべて静かに茶碗を傾ける。
「このジジイにはちと、分かりにくいのう…なんじゃ、ゲームみたいな世界なんじゃな…」
…ゲーム。
「でも…」
そう単純な世界に思えないような気もする。
「戦争しているみたいなことも言ってました。相手がそれで存在をなくしてしまうわけではないけれど、命がなくなると動けなくなってしまうから…それは…相手を攻撃して害を与えていることになるんだ、って。だから、前は、いかに効率よく相手を攻撃するか、どうしたらすぐに動けなくすることができるか、とかそんなことばかり考えていた、って…」
「ふむ」
「でも『こっち』に来るようになって少し、違ってきた、って言うか…それだけじゃないんだ、って思うようになってきた、って…」
「変わってきたっちゃ変わってきてるとこはあるね。…一日経ったらいきなり雰囲気変わったりしてね。かと思ったらまた元みたいになっちゃうこともあるし。…ねえ、じいちゃん、世界によって時間の流れる速さって違うこともあるんでしょ？」
「うむ」
「あの子の言うところの『あっち』と『こっち』で流れてる時間が違うってこともあるってことだよね？」
「無論、そういうことは十分にあり得る。その『休暇』に至るまでの時間と彼が『こっち』に渡ってくるまでの時間には相当の違いがあるはずじゃ。美咲よ。普通のゲームの場合、そのザンキとやらはどれくらいの数あるものなのじゃ？」
「そうだなー…5機くらいかなー…」
「それはいつも決まっておるものかの？」
「んにゃ。どっかで拾うこともあるし何かのイベントで増えることもあるし。そもそもゲームバランスによって数なんて決まるもんだしね」
「そして彼は毎日学校に来ておる…？」
「はい」
少なくとも未来はほとんど毎日学校で見ている。
「数が決まっていない、ということはそのザンキがなくなるまでの時間が一晩と決まっているわけでもない、ということになる。彼にとっては相当な間隔が空いてから『こっち』へ渡ってくることもあれば逆に一晩経たずに渡ってくることもある、ということにもなる」
「そりゃあ…あんだけ雰囲気も変わるってか。あたしらの一晩があの子にとってはそれ以上やそれ以下のこともあるってことでしょ？」
「それ以上どころではないかも知れんな。場合によっては何か月や何年ほどの時間を経てから渡ってきておるかも知れん。…世界はことごとくそれぞれなんじゃ。一つの世界の常識を他の世界に無理やり当てはめることほど無意味なことはない、からのう…」
