その黒猫はじっと未来を見上げている。
「えっと…どちら様ですか？」
「イントなのです」
丸い目を、ぱちぱちと。本来の『ガト』ならこんな仕草、絶対にしないし似合わない。
「…イント」
「これは失敬したのです。キュリオスに仕えし五十音属のイントなのです。前にネイトやアイトとも会ってるはずなのです？」
「…ネイトって、あの…白いネコ…」
ぼてっとしたのろまなネコ、とまではさすがに口に出さない。
「そうなのです。監査に来ていたはずなのです。あれらと同属なのです。今日は用が用なので、少し操作してこの体を借りているのです」
「じゃあ…」
「自分の用が済めばこの体も返してやるのです」
…誘拐犯。
と、ふと、そんなことも思ったけど…相手の猫？にはどうも悪気はないらしい。猫らしく前足をなめて見せたりしている。ただし二本足で立ったままなので、どこか妙？に見えないこともない。
「それで…用、って…？」
軽く身を屈めてみる。しかしそれでも高さが合わない（二本足で立ってるのだけれど）ので、膝を折ってしゃがむような姿勢になる。
「監査の不備があったので、来たのです」
と、どこかで見たように何もない空間から存在しない帳面？を取り出してぺらぺらと。
「ネイトの調査では雑すぎるのです。あれはいい加減すぎるのです。まったくなのです」
…分からないでもないなあ…。
そう言えば散々自分より下の順位？の悪口言ってたようだけど…本当のところは仲が悪いのかも知れない、この五十音属とやらは。
「ついでに認証もやってこい、とアイトも言ってたです。あれも結構アバウトなところがあるのです」
…ついで…。
お役所仕事、というわけではなさそうなのだけど…そんなもんでいいんだろうか…？
認証、というのは前にガトがヘン？なことになったアレである。世界が正常に動いているかどうか、そういうところをチェックするのだそうだ。今回もガトがヘン？になっているのだが…この方がやりやすいらしい。その世界の住人だと馴染みやすくて（何に、とまでは言わなかった）作業しやすくなる、一種の「裏技」なんだそうだ。
「今回も時間、止めるの？」
「止めるです。そうでないと作業がやりにくいのです。揃ったら一旦止められるです」
ぶらーん。
「それまではこのまま、ってこと…？」
ぶらーん、ぶらーん。
「そうです。楽ちんなのです」
…わたしはそうでもないけどなあ…。
イントは今、未来の背中に軽く爪を立て、ぶらぶらとぶら下がっているのである。…本来のガトなら肩に乗ってきたりするけど、そういうことはしない、どうせならこっちの方がいいです、などと勝手にぶら下がってきたりする。
…こんなのばっかりなのかなあ…。
ネイトはアレだったし。このイントもなんだかなあ…だし。そう言えばアイトとかいうのもばらばらでなんかよく分からない性格してたし…。
町に着くまでちょっと、間がある。崖の上を渡る風は、いつものように優しい。
「ねえ、ネイトとかアイトさんとかとあなたは…仲いいの？」
「ネイト？ ああ、あれはダメです。ダメダメなのです。どうにも自分本位すぎて、付き合うにもなかなか骨が折れるのです。…アイトは…まあ、仕事はできるやつなのです。仕事は。後は知らないのです」
ぶらーん。…から、くるっと体をひねって未来の前に立つ。足元からではなく未来の頭の上を軽々と超えてきた。まるで体操選手のよう。…こんなの、本来のガトには絶対無理だ…。
そして、明らかに軽蔑しきったような目。ふん、と鼻まで鳴らして見せる。
…うわあ、やっぱりあんまり仲良くないんだ…。ネイトも散々なこと言ってたし。
「それでも同僚だから仲良くはして見せるのです」
「キュリオスがいるから？」
上役だし。すると…また未来の背中に回り込もうとして、ふと、立ち止まる。。
「？おかしなこと言うです。キュリオスはたしかにどこかから自分らを見てるはずです。でも姿を見た者は誰もいないです。存在はしてるはずですが」
「あんな、いるかいないか分からない程度のもん、気にする必要ないのです。その方がやりやすいのです」
