少し、泣きたくなってしまった。なんでかは分からないけど。
相変わらず穏やかな様子。
ごつごつと節くれ立ち意外と太く見える魔法杖「シチダンカ」を手にしてはいるけど、それにすがって歩いているようには見えない。見た目は胸元まで届く長くて白い髭、ゆるやかにウェーブがかった白髪、とどうしても老いを感じさせてしまうが…実際にはそこまで年を重ねてはいないのだろう。歩く姿はやや緩慢だけど…そこまでゆっくりではない。むしろ足運びは年不相応?に軽やかにも見える。
「さ、わたくしの家に参りましょうか?」
リョンカのあの家はもう少し森の奥の方にあるのだけど…
「いや」
ひょい…と、未来の背中から空中で一ひねり。
「さっさと用を済ますですよ。ナンタイコウに戻るです」
ムダ?にえらそうなイントである。
「ほう…」
長いあごひげに手を当て、腰を屈めて…じっとその黒猫の顔をのぞき込む。
「なるほど、なるほど」
そして何度もうなずく。
「言っておくですが、自分はガトとか言うアレではな…」
「分かっておりますよ。雰囲気が明らかに違う。これは…あっち側の方、ということですな?」
「え…?」
…あっち側…?
「はは、これは失敬。ここのところそういった研究をしておりましてな」
「研究…?」
「不思議な世界の理(ことわり)ですよ…ミライさん。あなたもそういったところから来た…違いますかな?」
「妙なこと言うです。旅人でもないのに」
「タビビト? ほほう、そういう呼び方なのですか」
何度かうなずいて見せる。
「たしかに。旅をしているようなものですからな。違う世界を行き来する。だから旅人…なるほど」
「…たまにカンのいいのがいるですよ。こんな風に」
「はあ…」
ふと、ゲンゾーじいさんのことを思い出す。でもあっちは本当の意味での旅人。こっちはそうでもないようだ。
「でもまあ、そういうことなら話が早いです。とっととナンタイコウに戻って…」
空中の帳面をぺらぺら。
「弟に会うですよ。リョンカとか言う…弟に」
そう言えばこの二人は兄弟なのだった。改めて思い出す未来。
…でも…
このナンタイコウは母・今日子が創った世界である。創った、ということは何らかの「思い」があるはずなのだが…この二人の存在にも何らかの「思い」があるのだろうか、とか…ふと、そんなことも思ってしまう。この不完全な世界を創った今日子の「思い」それは…一体何だったのだろうか、と。
認証作業そのものはすぐに終わった。
時間の止まったやはりリョンカの店の中で。やはり意識を失ったようなベルホとリョンカ。そして…ガトではないガト。そのガトの中?にいるイントが何度も何度も目に見えない帳面をめくっては未来に質問し、それに未来が答える。質問の内容はそれほど難しいものではなく、むしろカンタンなものばかり。
「同行者は?」
「ハリエル…かな」
「創ったのは?」
「母さん」
とかそんなものばかり。…正直なところ、別にベルホとリョンカの二人をここに揃える必要ないんじゃないのか…と思ってしまうほどに。
それでも。たしかにあの時は何も知らなかったから、今の未来でなければ「認証」はできなかっただろう…ということはあるのだろう、と。そんな風にも思ったのだけれど。