正確？にはヘッドセットが頭の上から側面までを覆った黒い鳥。カラフルな嘴が大きくて縦に平べったい。小鳥…ではないようだ。それなりに大きさもある。
未来自身にはその姿は見えていないだろう。自分自身なのだから。しかし、なんとなく…彼女は理解してしまった。命のやり取り、発生、動物めいたこの姿、そしてしゃべる支援システム。それは何度なく「彼」から聞いていた世界の話と一致する。
…多分ここ…バン・ハンドルだ…。
こんな…森の中だったの…？
ざりっと一瞬だけヘッドセットから雑音のような音。
『…周囲の未承認支援システム端末、未承認支援システム端末。応答を、応答を、願います…こちらC4、チャネルC4』
何かが…低い草（と言っても未来からは見上げるほどもある）をかき分けてくる…そんな音と気配がする。
『C4、チャネルC4。こちら登録番号FHRIUB-W-8975541、ヒオウギです。お願いできますか？』
『登録番号FHRIUB-W-8975541、ヒオウギ…C4了解。これから…確認作業に入ります。その場を動かぬよう…不用意に動かぬよう…』
『ヒオウギ了解です。…ラッキーでしたね、ミライ？』
「え？」
何がラッキーか分からない。ただ…何かが近づいてくるのは分かる。重い、重い足音が辺りを揺らしながら周期的に大きくなってくるのだから。
『すぐに拾ってもらえそうです…命ももらってないうちにいきなり全滅、なんてイヤですものね？』
「まあ…そりゃあ…」
…命ってもらうものだったんだ…。
近づいて来ていた重い足音の正体はすぐに分かった。…なんで『不用意に動くな』と言っていたのかも。見上げても見上げ足りないくらいのリクガメがその棍棒のような、いや…コンクリートの柱のような脚で近づいてきたのだった。これはヘタに動いていたら踏み潰されてしまう…。
『C4、チャネルC4…回収…開始…』
ぐぐっと首を伸ばしてくる。眠そうな目、でも優しそうな黒い目がこちらを見ている。深くしわの刻まれてある長い首だが…その巨大なリクガメの体からすればそれほど長くはないのかも知れない。しかし今の未来の姿からすれば、それは果てしなくそびえ立つ高層ビルからこちらへ降りて来る滑り台？のようにも見える。滑り台の先端に頭があるのだ。大きな黒い目と緩く結ばれたクチバシのような固そうな口。
そのはるかリクガメの背の上…高層ビルのてっぺん…には小屋？のようなものが見える。この首をつたってそこへ行け、ということなのだろうか…？ それとも首を伸ばしてきている、ということは口で掴んで運ぶ、とか…？
「…自分で、飛びます。飛んでみます」
自分は「鳥」なのだ、という自覚くらいはある。ついでに、とは言ったら何だが、自分がどれだけ飛べるのか試してみたい。
『あ…ミライ？』
軽く羽ばたいてみる。どうやら身体はこの翼の使い方と、恐らくはどうやったら自身を浮かび上がらせるかを知っているらしい。二、三回目くらいから力を込めて思い切り羽を振り…身体の上半分をはるか彼方に向け…腰を落として足を踏ん張ってみる。
「よい…せっと！」
足で地面を蹴るのと同時に二つの黒い翼に思い切り体重を乗せ、羽ばたきを加速させる。…あ、飛べた。ちょっとよろめいたけど、すぐに空中で体勢を立て直すことに成功。その後も何度かよろめいてそれでも立て直して…小屋？のすぐそばまで飛んでいく。
…そう言えばガーフは『こっち』ではみんな成長した姿で生まれてくるって言ってたっけ…。
しかし。まだ慣れてはいないのである。
小屋？には窓のようなドアのようなものもあって、そこを狙って飛んで行ったのだが。…よく考えてみたらどうやって着地するのか、未来はよく知らないのだった。羽ばたけば多分飛ぶことはできるだろう…とは思っていたのだったが止まり方までは知るわけはない。
「…ぶべ」
迷っている時間なんかないのである。
「ぶべべべ…べ」
頭から小屋？の中へ突っ込み…床の上を転び滑りながらなんとか止まることができたのだった。
『すごい、すごいですミライ。あんなところからもう飛べるなんて…皆さん、少しは訓練を受けてから飛ぶものなのに！』
「そ、そうかな…」
成長した姿ならこれくらいは…と思ったのだが、どうもそこまでは行かないものらしい。…と
「ふむ。少しはできるのが来たようだな」
低い男の声が聞こえる。なんとか身を起こしてみると…二つの動物っぽい影がある。小屋？には明かりがないのだけれど、窓？から外の柔らかい光が差し込んでいるようだ。
「ようこそ。C4へ。発生直後でもうそこまで飛べる、というのはなかなかに優秀かも知れん、な」
前脚を差し出してくる。握手、ということなのかも知れないが…こっちは翼であっちはオールみたいな水かきみたいな前脚である。そこにいるのは…一抱えは優にある大きなウミガメ。
「自分のことはドン・ロメロと呼びたまえ。C4の統括指揮官にして、君らの上官ということにもなる」
「君…ら？」
オールのような前脚に翼の先端で触れながら（つまりは握手なんてできはしないのだ）もう一つの影の方を向いてみる。
「そう。あれが君の先輩ということだ。挨拶しておきたまえ」
そこには黒と白のふさふさとした物体が。…シッポだ、と気づくのに少し時間がかかった。リスのシッポ。…その部屋の隅には頭を抱え込むような格好のリスが一匹いるのだった…。
