…あれ？
「では少し早いようだが…実戦、といってみるとしよう」
ドン・ロメロがおごそかにそう宣言したのは…未来がなんとなく（本当になんとなく）武器の扱いに慣れを感じ始め、キャニスタがようやく木々にぶつからなくなった頃（とは言ってもぶつからないわけではない）だろうか。
…あれ？
「実戦に勝る訓練なし、だ。これは基本だな」
「あふう…あー…そーですねー…」
…えっと…。
「相変わらずだな。しかしその図太さが我が軍には必要なのかも知れん、な」
…わたし…。
…一体どれくらいこの世界にいるんだろ…？
あの「遊園地」に行ったのがたしか週末だった。そして「今」ここにいる。もちろん今が何曜日か、というのは分からないが。
いきなり池に叩き落されて、あれから一体どれくらいの時間が過ぎたのか、それもちょっと分からない。何しろ眠った記憶も何か食べた記憶もない。では不眠不休でひたすら訓練ばっかりしてたのか、と言えばそういうわけでもない。
少なくとも「不休」ではない。訓練は続いていたが一区切りつけば休憩が入る。そこでちょっと休んでちょっとおしゃべりして…それからまた訓練。そんなことを繰り返してたような記憶しかない。他に何か生活的？な行動をしたような記憶が…ない。
このC4にもそういった設備が全く見当たらない。台所のような場所もベッドもトイレもない。…そもそも日は暮れたのだろうか？ 今もさっきもずっと昼間の柔らかい日差しが降り注いでいる、だけのような…？
…うーーーん？
でもお腹が減った、疲れた、とかそういう感覚はない。眠いとも思わない。ない、と言うよりも…そういう行為そのものを考えることもできない、と言った方がいい。食べる…口の中に何かを…入れる？ 何それ？ といったところである。全く何もないものを考え付くのはかなり難しいことであるのだ。恐らくここでは未来のような旅人だけが「空腹」「疲労」という感覚を知っているのでは…とかそんな風にも思ってしまう。
そう言えば啓児も「あっち」で色々と珍しがっていた。もしかしたら何か「食べる」という経験も「あっち」に来てから初めてだった…のかも知れない。
…そうだ。七咲君…。
ここが間違いなくバン・ハンドルだとしたら啓児もどこかにいるはず…。
森の中を抜ける。C4の背中の上は思った以上に快適だったりする。小屋の中でくつろいでいると…すでにキャニスタは本当に眠ってしまっているような…いや、本当に眠っているわけではないはずなのだが目を閉じてじっとしている。…そしてやがて草原のような場所に出る。
「ここだ」
よく見ると地面には無数の足跡（C4並みのものからもっと大きなものまで）と車輪の轍やキャタピラの跡があちこちに通っている。相当な数の物体が行き来して、ついには「道」となってしまっているのだ。
「ア・テンション！」
オールのような両前脚をその地面で張り、びし、と身体を伸ばして見せる。…ウミガメだから実際にはそれほど伸びていないが。
「諸君らとはここでお別れということになる」
「え」
「えー」
意外とびっくりした様子なのがキャニスタ。
「なんだかもっと一緒にいられると思ってたのになー…」
「…たしかに」
「仕方あるまい。自分はあくまでもC4の統括指揮官だ。C4は諸君らのような発生の若い、新人の発見を任としている」
『発見の後、基礎訓練を施すのも任務のうちだ…いたずらな敗北を重ねないようにな』
「コクギョウブの言う通り、それが基本だ」
うんうん、と何度もうなずく。
「信号はすでに発してある。やがてここを新たな部隊が通りかかり、諸君らを拾っていくだろう…」
合図をすると、今までミライとキャニスタが使っていたハイルインドが下ろされて、地面に鎮座する。
「この初級機ハイルインドは諸君らのものとなる。ここでしばし共に待つといい」
「それでは…健闘を祈る。願わくば諸君らが基本と共に勝利を得んとすることを…！」
