…どうなんだったっけ、ロボットみたいの…だったよね、たしか。
思い出そう、としてみてもなんだかよく分からない。記憶の一部に霞みがかったような、霧に覆われているような…と言うのともちょっと違う。覚えてはいるのだ。覚えてはいるだけれど…アレが一体何だったのか、十分に理解できる気がしない。これまで自分が得てきた知識の中に「アレ」を正確に説明できるものがない。
少なくとも「こっち」でああいうキカイを見ることはまずない、ということかも知れない。ただし、現実では。
「アニメっぽかったような…ゲームっぽかったような…」
誰かの想像力や空想力の範囲内なら…あるかも知れない。かしこなら分かるのかも。
「元々がそんな世界だからな、あそこは」
…元々？
「まあ、いいや。このみ、茶でも出してやれよ。自力渡過・初渡りの無事帰還を祝って、ってな」
果たして茶が出てきた。番茶である。色も香りも渋めの。
ぐるっと見回してみると…ここはあの遊園地？の事務所で間違いないようだ。見覚えのあるくたびれたソファ一組と、何が詰まってるのかよく分からないくすんだ灰色の鉄製？の本棚がぎっちり並んだ壁と…事務用の机と椅子がいくつか。どれもこれも使い古されているが、きちっと動いてくれそうな安心感がある。
…わたし、たしか池に飛び込んだ…はずだよね…。
それが今、ここで番茶をすすっている。ソファで、半身を起こして。もちろんどこも濡れていない。
「一応説明しておくわね」
向かいのソファにそっと腰を下ろす…このみさん。自分用らしいやや大ぶりの湯呑みを持ってきている。
「今はあなたが飛び込んだ直後、ということになっているの。だからあなたが家に帰っても別に誰も不審に思ったりしないわ。安心してね？」
「…へ」
我ながらヘンなところから声が出た、と思う。…何のこと？
「あの、えと、何を…？」
「今まで渡った時のこと思い出してみな」
事務用の椅子を、がらがらと引き寄せてきて…背もたれを両腕で抱え込むように腰を下ろす、くすしさん。親指と人差し指でつまむように小さな湯呑みを持っている。
「ナンタイコウだったか？ そこへの条件渡過は第一義が『こっちで眠る』だろ？ で『あっちで眠る』と『こっちでは普通に目覚める』だろ、違うか？」
「は、はい…違わないです…」
あの『本』を枕の下に入れて、ぽんぽん、ってやってから…眠った時に行って…。
「他にも第二義、第三義っていくつかの条件があったんでしょ？ あなたのベッドで眠る、とか…昼寝じゃダメ、とか。そういうのを全部守って実行して眠った時に『あっち』に渡ってたのね？」
「はい」
「その辺も全部条件渡過の『条件』として設定されてたんだ。どれか一つでも無視したら正常に渡れなくなる」
…そうだ、そうだった。
ガーフの訓練（と言う名のしごき？）の後で自分で渡った時を思い出した。たしかに…誰もいなかったし色もなかった…。
「分かったみてーだな」
がぶ、とあおるように茶を口にふくんで…。
「…あち。条件さえ満たしていればその他もろもろも全部クリエイターが設定した通りになる」
「条件渡過は旅人でない存在を渡らせるための方法の一つ。本来なら渡れない存在を渡らせるために、ちょっと無理をさせてるの。だから設定された条件もちょっとキビしいものばかりになってしまうの。守れなかった場合はうまく渡れなかったりペナルティがあったり」
こちらは平然、と大きな湯呑みを傾ける。
「まあ、それでいいのならそれでもいいだろうよ。でもこれから自力渡過を中心にってなるとなあ…お前、ケンカしないといけないんだ。世界と」
「ケンカ…」
…なんかヤだなあ。
「別に誰かと殴り合いをしろ、と言ってるのではないの。意思の綱引きみたいなものね。あなたが勝てば世界を思い通りにできるけど、負けたらあなたが世界の思い通りになってしまうの」
「今回は特別でな。あたしらがちょっと手を貸してやった。…ほんとに特別なんだぞ？ あんまりやるとあたしらが目を付けられっちまう」
「本当はね、あなた…命数が尽きてここへ戻って来るのは三年後のはずだったの。目が覚めたら三年後、ってわけ」
「…へ」
やっぱりヘンなところからしか声が出ない。
「あなたがバン・ハンドルには勝てていないからなの。勝っていれば…ううん、負けていなければ渡った直後にこうやって戻ってくることもできるの。でも今のあなたにはまだそういうのは無理でしょうね」
