「やきそばでいいかな。どう？」
「う、うん…」
三玉にソースの小袋が三つ入った、やきそばを一袋。それからもやしと豚肉の小間切れを１パック。
「キャベツはうちにあるんだ。後はタマネギと人参も買い置きがあるし。あー…そう言えばみーくんってピーマン嫌いだったよね、って、今はそうでもない？」
「え？ えっと…うん」
「もう大丈夫なの？」
「えーと…うん、だいじょぶ」
「あ、その『だいじょぶ』って言い方、なっつかしーな、前もよくそう言ってたんだよ？ 今は覚えてないかも知んないけど」
と晴れやかに笑いながら買い物カゴにばんばん品物を放り込んでいく。
…そっか…。
わたし、ピーマン嫌いだったんだ。
そんなことは思った記憶がない。小さな子供はああいう苦いものをよく嫌うから（他にもニンジンとかシイタケとか）多分自分もそんなもんだったんじゃ…とは思くらい。少なくとも今の未来にそういった好き嫌いはない。ピーマンだって大好き、というほどではないけどきちんと食べる方。この間は豚ひき肉で肉詰めにして、明夫やみんなに大変に好評だったりした。ショウガを少し入れると味が締まる、というのを知ったので試してみたのだった。
…明夫も特に嫌いってこともなかったし。
先守もそうだった…はず？
「あの」
「うん？」
紅ショウガの袋を手にさてどうしようか、こっちのCMやってるメーカーのにするかそれとも店の分で残りがあればそっちからちょっと拝借するか、とかそんなことを考えていた阿多根先輩。
「その、さき、兄さんって…ピーマン嫌いでしたっけ…？」
「みーくん…」
はた、と紅ショウガの袋を置く。ついでに買い物カゴも置く。
「いいんだよ？ ここは学校でもないし、あたしたちずっと一緒だったんだよ？ もうそんな堅苦しいの、もういいんだよ？」
と…未来の肩を掴んでがっくんがっくんゆらしてゆらしまくってくる。…周囲からの冷めきったような、しかしどこか憐みを含んだ針の潜り込んだ真綿を握りしめているような視線が…痛くてかゆい。
「わ、わかり、わかりました…から」
「…ました？」
「わかった…から、はい、いえ、うん、わかったから…み、み、みーちゃん…」
「よし。そうそう。みーくんはそれでないとね。で…何？」
「…さっきーが…ピーマン？ どうだったかなあ…」
今日はちっとばかし食費に余裕があるからお茶も２リットルの買っちゃうよ？ ふふん、とか何とか言いながら２リットルのを二本（さすがにこっちは未来が別のカゴで持っている）、さらにはお菓子の袋もいくつもぶち込んでくる。どれだけ食べるつもりなんだか。
「どうだったっけ…」
「うーーーん…あいつは何でもよく食べてた気がするけどね。そっちじゃどうなの？」
「よく食べてる。…好き嫌いないのは明夫も一緒かな」
「あっきーはね、最初っからよく食べてたもんねえ。あはは、いくら作っても足りない足りないって母さんやじいちゃんが呆れてたっけ」
「そんなによく行ってたんだ…」
「毎日とまではいかなかったけどね。でも週末はいつも来てたし三日に一度以上は必ず、とかそんなもんだったしね」
会計の時。さすがに未来は半分出す、と言ったのだけれど。どうもゲンゾーじいさんがかなり出資？しているらしく「いいのいいの、うちのジジイがおごるから」と言って全額自分のサイフから出していた。…実際のところは相当な額、ゲンゾーじいさんからもらっているんじゃないか、と未来は思っていたりする。結構な枚数がサイフに潜んでいるのが、ちらっと見えたし。恐らくは差額でかなりそのサイフは潤っているんじゃないだろうか…。
ふふ、と影を含んだ笑みを一瞬浮かべたような気もする。背中越しだったし、見なかったことにしよう。
「…って、おじいさんが作るんですか…？」
てっきり阿多根先輩が作るのか、と思っていたら材料をひとしきり吟味した後、それらを持って台所に立ったのは…他ならぬゲンゾーじいさんである。なお、ここは阿多根先輩の家の方の台所。作業場の方では今は先輩の両親が商品を練ったり揚げたりしているはず。時間が時間だからかなり忙しそうだったので、軽く挨拶しかできなかったくらい。
「うむ。こればっかりは美咲だけに任せるわけにもいかんからのう」
鉄板。…そう、鉄板にしか見えない。夜店にでもありそうなアレ、である。そんなものが鎮座する台所（もちろんそんな台所だから通常火力のガスコンロでもないのだが）。…マジだ、このご老人…。
「特技みたいなもんだよ。まあ、あっちで待ってようよ。すぐにできるからさ」
と、案内されたのは二階にある阿多根先輩の部屋なのである。狭いけど使いこなされて飴色に染まった木の階段をきしませながら上がって行くことになる。
