「ふむ。ちょっとしたことじゃよ。…出会い、というやつかの」
「やーらしー」
「そういうのじゃないわい。美咲よ、縁とは異なものなのじゃよ…」
軽く、上を向く。
「あの」
その上を向いた顔が…なんだか。誰かに、似ている、ような気がした。特に誰か、と言うわけではなく。誰か…そう、かなり前に会ったようなでもつい最近も会ったことのあるような…懐かしいような最近だったような…。
「おじいさんは…その、なんで旅人になろうと思ったんですか？」
その不思議な思いは、ふと、そんな形になって口から飛び出してきた。
「いきなりねえ」
「はい…いえ、あの、うん、なんだか、その…ね？」
自分でもなんだかよく分かってない、ような気もする。けれど
「まだ、話してなかったかのう…？ ワシが、なぜ旅人となった、のか…？」
この人は…なんだかノリノリではある。今度は遠くを見つめるような、そんな顔。実際にはこの狭い部屋の中だからそんな遠くを見たって目に入ってくるのは古びた元は白かった壁、だけではあるのだれど。
「いや、別にいい。だってあたしが生まれた時から旅人だったじゃん」
「…まあ、そりゃ、そうじゃが」
どうも阿多根先輩はあまり興味ないらしい。が、未来にとっては興味ある話ではある…。
「ね。みーちゃん」
「ん？」
「聞いて…みようよ？ お話」
「まあ…みーくんがそう言うのなら…仕方ないか」
ぽりぽりと頭をかく。
「でもちゃっちゃと済ませてよ？ せっかくみーくん来たのに、ジジイの独演会なんかにしたくないんだから」
「独演会なんかにゃせんわい」
「あれはまだワシが遊園地に勤めるようになる前でな」
その頃はすでに阿多根先輩のお父さん…つまりはゲンゾーじいさんの息子も生まれていた（父さん、三人きょうだいなんだよ、とは阿多根先輩の言）。一家の大黒柱というところだったらしい。
「あ、その辺のこと、おばちゃんに聞いたことある。大曾木（おおそぎ）のおばちゃん」
「？」
「ああ、えっとね、ばあちゃんの旧姓が大曾木だったの。おばちゃんはばあちゃんよりずっと年下の妹なのね」
祖母の妹ということなら大叔母、ということになるのだろう。
「あれもおしゃべり好きだからのう」
「ばあちゃんも…そうだったっけ？」
「ああ」
ペットボトルをたぐり寄せて…茶碗に冷たい茶を注ぐ。
「あれも…好きじゃったなあ、おしゃべり」
阿多根先輩のばあちゃん、つまりはゲンゾーじいさんの連れ合いは阿多根先輩が生まれる前に亡くなっている、とのこと。
「そんな頃じゃったんじゃがな。なんだ。その…なんだか急にどうでも良くなってしまったんじゃ。何もかも」
「いきなりだな。分かんなくもないけど」
「その頃勤めていた会社にも行かず、家にも戻らず。あっちこっちふらふらと…」
「…あんまし今と変わってないね」
「えっと、その…そう、かな…」
「そのうち本当に分かるようになるわい。ある時にな、ふ、とどうでも良くなってしまうんじゃ。ほんとに…ふ、と」
右手の手のひらを上に向けて、パ、と開く。
「今から考えると何ともバカな話じゃ。じゃがな…その一瞬はホンモノなんじゃ。本当に、ほんとうに…どうでもよくなってしまう。が…ふとした瞬間に我に返ることもある。ああ、俺は一体何をやってるんだろう…と。でもしかし、もう、どうでもいいか…と思ってしまう」
そんなもんなんじゃ、と茶碗に口をつける。
「そんな時に出会ったのが…このみさんとくすしさんじゃ」
「あ」
「そう。そうじゃ。あのお二人じゃ」
