「あのお二人は特別でな」
手にしていた茶碗を…愛おしげに撫でてから、今度はすいっと中身を全部飲み下す。
午後の昼下り。窓の外からは朝ほど柔らかくもないけれど、しかし優しく包み込むような日の光がしっとりと差し込んできている。それと一緒に商店街の…最近はややさびしくはなってきているけど…賑わいがそっと忍び込んで来る。
いつもの日差し。いつもの音。いつもの…光景。
「そう、特別なんじゃ…」
ふう、と息を吐く。力を抜いた顔を首の手ぬぐいで、軽くぬぐう。
その表情はとても穏やかなものである。目を閉じてしまえばそのままうたた寝にでも落ちて行ってしまいそうなほどに。そんな風に一度、目を閉じ…記憶の糸を手繰ってからまた開いて孫と孫の幼なじみの顔を静かに見る。その眼差しは…
「うむ。あのお二人は、な」
「ああ。このみさんとくすしさんでしょ？ 何度かうちにも来たことあるじゃん。結構前に」
焼きそばはあっという間に平らげてしまって、袋を広げてポテチを…ぱりん。遠慮も何もない、まあ…そういう間柄でもあるのだが。
「気のいい姐さんたちだなあ、って思ってたけど。
…ああ、まあ…たしかに。
でもなんか違うような気がする。気のいい…？ そっかなあ…？
「そう言や、最近来ないね？ 何かあったの？ ケンカ？」
「ケンカなんかできるものか。こっちの身が持たんわい！」
両肩を抱えてぶるる。
「あ、はは…」
…なんか…それは…たしかに。
怒らせると何されるか分かったものではない。具体的にどう、とは言えないけれど何かとてつもなく恐ろしいことになりそうである。
「美咲よ。お前はまだ気づいておらんじゃろうが…」
「何？」
「あのお二人、いくつに見えた？」
「えっと…20代とかそんなもんでしょ？ まあ、悪く見たって40代ってわけには…」
ん？ とポテチ持った手が止まる。
「あり？ あれ？ じいちゃんと知り合うって…え？ もちろんあたしが生まれる前だから…」
「あら？」
腕を組んで（ついでにあぐらをかいたまま）首を、思い切り傾けてみせる。あれ？ えっと？ ええと…？
「お嬢さんはどうじゃったかな？ いくつくらいに？」
「えっと、まあ…それくらいかな、とは思いましたけど…」
「けど？」
「何て言ったらいいのか、ちょっと分からないのですけど」
「うむ」
「なんだか…ここにいるけどここにはいない、みたいな…」
「何それ。なんかのセリフ？」
「ううん。違うの。目の前に二人ともいるんだけど、こう…」
手をやや斜め上に伸ばす。
「本当のお二人は絶対届かない、どこか遠くにいるような…」
「そうか。うむ。…たしかにな。ここにあってここにはない、のう…」
うんうんとうなずくゲンゾーじいさん。しかし、そこで、ぽん、と膝を打つ阿多根先輩。
「あ、そっか。分かった。メイクがすんごく上手なんだ。だから…」
「いくら何でもそこまでは盛れんわい」
「そ、そんなことないっしょ！ 例えば角のタバコ屋のばあちゃんとか…」
「あれでもそこまで行かんわい。あれはあれでもワシの一コ下じゃぞ？」
「え。じゃあ…なんなのさ、一体？」
