chapter5 "あん・さーんぶる [ensemble]"
…七咲くん…。
あれから啓児は学校に来ていない。トーダによれば親類に不幸があって、しばらく休校することになった…となっている。休学ではなく、休校。だからそのうち戻って来る、ということなんだがな…とトーダも説明していた。
だから皆「そういうことなんだ」と一応？の納得はしている。しかし未来は
…何かあったのかな。
ガーフのしごき？で今も旅人の訓練をしているのならどこか別の世界に放り込まれてそのまま…ということも十分にあり得る。だけど、ガーフがそのまま何もしない、なんてことはあるわけはない。あるいはバン・ハンドルという「こっち」とは違う成り立ちの世界特有の事情、というもあるかも知れない。そもそも時間の流れも違うのだから（啓児は「こっち」に来ていない時間の方が圧倒的に長い）その辺の「ズレ」的な何かがあったのか…とか。
分からない。
クラスのみんなもそれほど触れなくなっている。真記やかしこも時々口にするくらい。元々そこまで目立つ生徒でもなかったのだけれど。
ただ…彼だけはちょっと違うようだったりする。
「おはようございまっす…アネさん」
やめてくれ、恥ずかしいから、と言ってもなかなか聞いてくれないのは変わってない。
「おはよ。三輪くん」
クラスが違うから最近はあまり会ってなかったりする。今回は登校時に下駄箱で、たまたま…といったところなのだけれど。
「…だいじょぶ？」
「はは、は、大丈夫っすよ、大丈夫っす…自分」
雨降りの今日は皆が傘を持ってきていてそこら中も濡れていて、てらてらと光っている。しとしとと降るその雨の中、彼は何を思いながら登校してきたのだろう…？
当然だけど外から来ているのだから外履きの靴を下駄箱に入れて、代わりに中履きの靴を取り出す。
「は、はは…っす…」
「おいおい三輪？ お前ほんとに大丈夫か？」
呆れたような真記の声。今日も未来と真記とかしこは揃って登校してきている。
「え？ 何がっすか…？」
「なんで一度入れた外履き、また引っ張り出してんだよ？」
手にしているのは…濡れたままの革靴。水滴がしたたり落ちる。
「ああ…はは、そっすねえ、はは、自分、何してんすかねえ…ははは」
気の抜けた笑い声。何度も何度も頭を振っている。
「こりゃ重症だねえ」
「なかよかったもんね、ふたりとも」
聞けばクラスでも同じような状態らしい。真記の友達が三輪団員と同じクラスなので、そっちからも聞けたし阿多根先輩も似たようなことを言っていたりした。
「七咲が帰ってくりゃそれで問題なくなるんだろうけどねえ」
「そうだね。…でもそのうち帰ってくるんでしょ？」
「そうなんだろうけどねえ…」
…七咲くん…ホントにどうしちゃったんだろ…？
実はあれから何度かバン・ハンドルに渡ろう、と試していたのだった。しかしうまくいかない。未来の旅人としての技量がまだまだ、ということなのかそれとも何か別の理由があるのか…例えば世界とのケンカ、とか…このみさんとくすしさんに聞いてみても「さあ？ うふふ」とかわされてしまうばかり。
ナンタイコウには普通？に渡ることはできる。いつの間にか「アレ」はまた未来の手元に戻ってきていて、それを枕の下に入れて「ぽんぽん」とやって眠れば渡ることはできる。できることはできるのだが。
しかしそこにガーフの姿もなかった。あの黒いフードをかぶった女性は見当たらなかった。聞けば最近は姿見ないねえ…とのこと。
ナンタイコウはこの町だけしかない小さな世界。他からインバイトやインベイドしてきた存在もそれなりの「設定」でもって受け入れる。場合によっては「なかったこと」にされてしまうこともあり得る。
…でもガーフのことはみんな覚えてた。
と言うことはナンタイコウそのものはまだガーフを受け入れ続けるつもりがある、と、そういう風にも考えられるのだけど…その辺も分からない。このみさんとくすしさんにはこのことも相談してみたのだけれど「さあ？ 知らね」とやはりかわされてしまう。ゲンゾーじいさんはちょっと厳しい表情で「そういうこともあるじゃろう。が、あわてて決めつけることもないわいな」と答えてくれただけ、だった。
