「んじゃあ、まった明日ね〜」
「うん。また明日」
かしこは部活でまだ学校に残っている。今日は未来と真記だけが電車にコトコト揺られて帰ったのだった。ここのところこういった風な状況が続いている。どっちかが部活で、どっちかが帰り、と。未来一人になることはなかったりする。
それでも真記とかしこは未来と下りる駅が違うのだから、結果としては一人になってしまうのだけど。
…うーーーん…」
肩を軽く突っ張らせて、小さく体を伸ばす。本当は思い切り腕を上げてノビをしたいところだけど、夕方とは言えそれなりに混んでいる車内。それは、ちょっと、いやかなり奇妙に見えるだろうし迷惑にもなりそうだったりする。
…さて、と。
帰ってきてから家の用事を済ませてから、部屋の自分の机の前に座る。夕陽が薄赤く差し込む部屋は、ちょっとだけあったかい。
…はーーー…ふう。
目を閉じて深呼吸を一つ。そして…意識を集中する。
…行こっか。
椅子に座ったまま。未来の身体の上にまるで大きな消しゴムが現れたかのように、目に見えないそれが一回…二回、と素早く動いて足元からその姿をかき消していくのだった…。
ここのところの日課でもある毎日の渡り、である。
このみさんとくすしさんの提案？でもある（あの二人の言うことだからほぼ脅しに近い）。とにかく回数をこなせ、と。…この辺、ガーフと似ているような気がしないでもない。いや、結局はこういうスパルタ？的なしごき？が最も効果的だ、ということなのかも知れない。正に「習うより慣れろ」の世界でもある。
もちろん「保険」もかけてある。
渡る前に未来は細い腕輪を身に付ける。これはこの間このみさんにもらったもので、万が一未来の手に負えない世界に渡ってしまった、と判断されれば一度だけ強制的に「こっち」に戻してくれる、というシロモノ。その際に腕輪は砕け散るが、またすぐにもらいに来てね、とのこと。
一応？校則違反になるので学校では身に付けない。念のためにカバンには入れているけど、外出先では腕を通さず帰ってきてから身に付けることにしている。…見た目は細い銀線のような繊細な腕輪なのだけど…なぜか「根性」とか「不屈」とか刻んであって、誰かに見られたらちょっと恥ずかしいから、というのもある。
…さて、今日は…
どんな世界に渡れるのだろうか…？
思ったような、狙った世界にどんぴしゃ渡るコツとしてくすしさんに教わったのは「とにかく何かアタマん中に浮かべとけ」だったりする。このみさんには「イメージは大切よ？ それで人生の七割くらいは決まるんだから」とそれこそ脅しだか何だか分からないアドバイス？ももらっていたりする。
最初の頃は啓児のことを考えて渡っていた。
しかし渡る世界渡る世界、どこにも啓児はいなかった。いや、ほとんど誰もいない世界ばかりだったりする。ガーフのしごき？の時に渡ったいくつもの奇妙な世界。あれらの延長線上にあるような、やはりどこか何かが足らない、なんだかよく分からない世界ばかりだったのだ。もちろん、バン・ハンドルに渡れたことはあれから一度もない。
そこでちょっと攻め方を変えてみることにした。…ガーフを探すのである。
このみさんとくすしさんは啓児のことについては何も言ってこない。相談してもはぐらかされるだけだろうし（あの二人のことだから自分の考えていることくらいは察しているだろう…とは未来も思っている）。だから啓児を探そう、と思うなら自分でどうにかしてみるしかない。
どこかの世界にいるはずなのである。それは…間違いない。
バン・ハンドルにきちんと戻っている可能性も非常に高い。でもそれならなんで「こっち」に渡って来ないのか？ 考えられる理由はいくつかある。例えば非常に戦績が良くてここのところ「あっち」で命を失っていない、とか。それならそれで安心はできる（ちょっとさびしいけど）。…ただ、それならそれでガーフ辺りが何かちょっかいをかけて来そうな、なんだかんだで「こっち」に仮に渡らせる、くらいなことはやってきそうではある。だけど、それもない。
逆にガーフが何らかの事情…例えば上官としての命令とか…で、啓児を渡らせないようにしている、ということも考えられる。どちらもありそうな話ではあるのだけど…未来が可能性が高い、とにらんでいるのは…渡った先で啓児が何らかのトラブルに巻き込まれた、だったりする。
そういうことならガーフも必死に活動しているはず。啓児は旅人としては未熟だから、もしどこかの世界に囚われているような状態ならそこから動けないだろう。でもガーフならあちこちの世界に自力で渡ることができる。未来がある意味当てずっぽうで数撃ちゃ当たる戦法で渡りを続けていれば、どこかで会える可能性が高いのは…ガーフの方だ、と。そこを手がかりに啓児を探そう、と。
…よし。
閉じていた目を開ける。まず最初に確認するのは自分の手。世界によっては自分の姿が大きく変わることもある。ベテランの旅人だと自分で自分の姿を決められるけれど…未来はそこまでベテランじゃあ、ない。
…これは、自分の手。
姿は変わっていない。人間のまま。じゃあ、ここはどんな世界なのか…。
…え。
