『おかしな奴だな』
ふん、と鼻を鳴らして…ふ、と上空を見上げて見せる。その姿はなんとなくわびしげでもある。ただし、あるじを失った子犬が悲しんでいる…とかそういう風には決して見えない。そんな小さなこと（犬にとっての飼い主は大事なことなのだろうけど）はどうでも良くて、なんかこう…もっと大きな、全自然天然界全部を相手にしている、とか、なんか…そんな風にも見える。
小さな子犬なのに。抱え上げられるほどなのに。
…なんか…どっかで会ったような気が…？
どこかでこんな風な「オレ様オンリー」と言うか「オノレ一人だけ」と言うか。自分だけで完結してしまっている、と言うか。何と言うか…。
…あんまり他の人の言うこと、聞かない。
他人に耳を貸さずに自分のことだけで満足してしまう。これは、アレだ、あの人たち（人でないのもいるけど）に多いアレだ。
「あなたは…旅人、ですか？」
『ほう？ なぜそう思う？』
いや、旅人ではないなー、と未来も思っている。実は。
「よく似た人…人じゃないですけど、そんな方たちをよく見ているもので」
膝を屈めて両膝小僧を抱えたような姿勢のまま、子犬の黒い瞳を覗き込んでみる。思い切り。
濡れて黒く輝く瞳。と言えば聞こえはいいが、どうにも奥が見えない、読みにくい目、という見方もできる。黒くて漆黒の、文字通り使われ続けて輝きを増していくウルシのように黒くて思わず見入ってしまうような深い黒さではない。どこかに「底」があるはずなのだ…と思って覗き込んでいると、それは意外とすぐに現れる。
『なんだ。なかなかやるじゃないか』
ぴょい、と距離を取る。
『てっきり初心者のペーペーかと思っていたが…なかなかどうして、侮れない』
…とか言われても未来にはよく分かっていない。のだが…。
「そ…そうですか」
精一杯強がって見せたりして。…バレバレかなあ…。
『俺はシーカー。…眷属だ。分かるな？』
…けんぞく。
『会ったことがあるのだろう？ 俺の同類、いや、あの方の眷属たちに？』
「…あー」
…あ、そういうことか。だからどっか似ていたんだ。
「キュリ…オスの眷属…？」
『そうだ。俺は二十六字属のシーカー。エーカー様から数えて三番目の序列になる』
「ABCD…」
『そう。それだ』
なんかあののろまなネイトが言っていたような気がする。しかし…
「じょれつ？」
『位が決まっているのだ。上の者に下の者は絶対服従だ』
「…なんか…」
…息苦しそう…。
ネイトたちはなんかそんな様子もなかったような。たしかにネイトは一番上？のアイトに対してはめちゃくちゃ尊敬していたけれど、自分より下？に対してはめちゃくちゃ馬鹿にしまくっていたような。ネコとイヌでやはり事情が違うのだろうか？
そんな未来の思いを読んだのか、シーカーと名乗る子犬はかすかな笑みをその唇の端に浮かべて見せる。…ニ、と。
『そうでもない。上の者には代わりに義務が生じる。それは下の者を守り、育むことだ。それができない者はさらに上の者によって裁かれる』
「一番上の…エーカーさんは？」
『それはキュリオスか…いや、五十音属のアイト様辺りが何とかされるのだろう。俺はそこまでは知らん』
と、なかなかに潔い。
『そんなことはどうでもいい。…俺はシーカー。眷属だ。お前は？』
じっくりと見上げてくる。
「わたしは…未来。福田…未来」
『で？ ミライは何者なんだ？』
「わたしは…旅人」
