その瞬間、未来は自分の身体にもぞもぞっと、体の奥底から震えのような、でも自分から震えてみせたような、そんな妙な感覚に陥った。そしてなぜかいきなり真っ白な空が目の前に現れたのだった。
ぐるん。
『ほう？』
子犬が自分の顔を覗き込んでいる…。仰向け？ 倒れた？ わたし？
『変化（へんげ）まで使えるのか。若き旅人にしてはやはりなかなかのものだ』
…え？
手を見てみる。…黒い、翼。身体を見ようとして…いつもより視界が広がっていることに気付いた。そしてこのふわっとした感覚は未来にも覚えがある。
「あーー…」
…バン・ハンドルだ…。
よ、と体を起こしてみる。実はこの体、人間だと容易な『座る』という行為がなかなか難しかったりする。そもそも背中から仰向けに倒れる、というのは（例外はもちろんあるけれど）元気な鳥ではまず見られることではなかったりする。尾羽もあるし。そこで軽く飛び上がって体を起こして、そこからしっかり脚で立ってみる。…この方がしっくりくる。
軽く尾を振って、そして軽く首を傾げて脚で後ろ頭をカリカリと。ここまで何の違和感もなく、ごくごく自然に。
「…は」
『まるで鳥だな』
「はは…」
『そちらの方が楽、と言うのなら俺は別に構わんが』
「戻る戻る戻ります、今すぐ戻ります」
…えーと。
…どうやったら戻れるんだろ…？
『なんだ。戻り方までは知らんのか』
バン・ハンドルに渡った時は半ば強制的にこの黒くてクチバシの分厚い鳥になってしまっていたのだった。ついでに、戻ってきた時にも半ば自動的に元に戻っていたのだった。
『力の使い方と一緒だ。そう念じればいい。…この世界は特に強くはないからどんな初心者でもすぐに戻れるだろう』
…念じる念じる…。
鳥になった時と同じような、妙な感覚と共に。今度はしゃがみこんでふともも辺りに手を添えた格好で…元に戻ったのだった。
…うわあ。
少なくとも元の世界、特に学校では絶対にしたくない格好である。真記辺りに見られたらなんかまたマニアックなこと言われそうだ…。
「ぺんぎん！」
…そうだ、ペンギンだ。
「ぺ、ぺんぎん、ぺんぎんです！」
『ああ。あの若き旅人のことか。あれがどうかしたのか？』
「どこへ渡るのか、とか、どこへ渡りたかったのか、とかそういうこと言ってませんでしたか？」
それを聞くと、ふうむ、と考え込む子犬。
『旅人にそれを聞くのは愚問、と言えるかも知れんな。それぞれに事情や思想を抱えて渡っているものだ。狙った世界に渡る観光目的の旅人もいれば、そうでない旅人もいる。あれは…明らかに後者だったな。訓練でとにかく渡らされているような様子であったしな』
まだまだガーフにしごかれているまっ最中、ということだろうか。
「はあ…」
気を落とす未来に、子犬は続ける。
『そのうち会うこともあるのではないか？ お前が渡り続けていて、あれも渡り続けていればどこかの世界で会うこともあるだろう。…それが縁、というものだ』
「そういうものでしょうか…」
『そういうものだ。あきらめず、続けるのだな』
そろそろ戻ります、と言う未来に子犬はまた渡って来て色々聞かせてくれ、と言う。
「？ でもわたし今回何か特別なこととか話してないような気がしますけど…？」
『そうでもない。なかなかに興味深い話だった。また聞かせてくれ』
『ああ、そうだ。もう一つ。…その腕輪はコウキ姉妹の手によるものなのだろう？ もらったのか？』
