「趣味悪いですね」
『はは。…いつものことさね』
…なんか…アレだなあ…。
覇気がない、と言うか元気がない、と言うか。
ちょこん、と腰を下ろしているその姿は健康的な若い猫、のように見える。もちろん中身は「あの」ガーフなのだから外見そのままなわけはない。のだが…なんだかどこかネガティブな、しおらしく見えるのは気のせいだろうか。
「何か、あったんですか？」
相手がネコだから自分も自然と姿勢が低くなる。膝をついて正座になって、顔を寄せる。
猫の目のようにくるくる変わる、という表現があるけれど…このキジネコの瞳は真っ黒で奥底が見えない。吸い込まれるよう…ではなく見つめてしまうのもはばかられるような。なんだかイケナイことをしているような…。
「…？」
その瞳を、ふい、と見上げてこっちの目を逸らしてくる。天井の一部を…見つめてるわけじゃなさそうな、特にどこかを見ている様子でもない。
「あの」
こっちの視線をかわしてくるその瞳の先を追っかけて、未来も体を横に。今度は下を、床を向いてしまうので…さらに視線を落とす。また逸らすので、こっちもまた動く。そんなことを何度か繰り返す。
『………』
「えーと…」
『ああ、もういいや、負けだ負け！』
くああ、と大きく口を開けて両前脚を伸ばして…背中から、ばたん、と倒れてしまう。…なんかそんな動画をどこかで見たような気もするが、この場合は明らかにネコの挙動には見えない。
『今回はね、お願いがあって来たんだ。きいてくれるだろ？』
問答無用である。
「はあ…まあ」
どうせ断ってもなんやかんやと押し付けてくることくらいは未来にも予想がつく。それに
「…七咲くんのこと…ですよね？」
このキジネコがここにわざわざ渡ってくる用事を、他に知らない。
『ちょっと厄介なことになってね』
「はあ」
『私が何度も渡って何とかできれば良かったんだが…ちょっと、難しくなった。だから…あんたに頼もうと思う』
「え。でも。わたしよりもガーフの方が」
渡ることに関しては未来の先達さんなのであるし。
『そりゃあ、そうさ。そうなんだけどね…勝てなかったんだ。あの世界に』
世界に勝つ・負ける、は渡った先の世界のおいて非常に重要である。特によそから来た旅人にとっては。何もできなくなる場合だってある。…そう、未来のように。
「…じゃあわたしにだって無理なんじゃ…」
『いや、あんたならいけるだろう。…多分』
「多分」
…うわあ…。
イヤな予感しかしないのだが…断れるもんでもない。ふう、とため息を一つついて…なんとなく天井を見上げてみる。肩に力が入らない。あきらめの境地、というやつである。
「わかりました…でもわたしじゃ、まだ狙った世界どんぴしゃってのは…」
『その辺は問題ない。渡り道を付けておくから』
渡り道とは一時的に条件渡過を可能にする一種のマーカーのこと。どこかにとっかかりを作って無理やりにでも条件渡過にしてしまう…とかそんなものである。もちろん、それなりの技能を持ったベテランの旅人でないと設置できない。
『ただし渡れるのは一度だけだと思っておくれ。私でもなかなか難しい…何せ勝てなかったんだから』
ちょっとだけ真面目？な顔になって右前脚のツメを一本。くるりと宙に輪を描く。その軌跡は小さな黄色い光となって輪っかを作る。やがてその輪っかは黄色い腕輪のようになって…
『？ おや？ その銀の腕輪は…帰還の腕輪かい？ そんな珍品コウキ姉妹くらいしか作成できないだろうに…？』
「えっと…その、時々会っているので…」
『へえ？ 珍しい知り合いができたもんだね。あの方たちこっちにもいるのかい…今度会っておこうかな。まあ、そこはいいか。この腕輪を使えば一回はあの世界に渡れるはずさ。頼んだよ？』
右腕には例の銀色の腕輪。そして左腕には黄色い腕輪。…そっと見てみる。黄色い方にも何か文字が彫ってある…？
『なせばなる』『経験こそ最良の教師』
