…こんなのばっかだ…
じゃあなるべく早く頼んだよ、ああ、助かった、助かった…とガーフはさっさと戻って行ってしまった。
そのガーフが言う通りならこの黄色の腕輪は一度しか使えない、一度しかその世界には渡れないことになる。慎重に、慎重に。
…いつ渡ったらいいのかな…？
と、そんなことを考えながら今日は夕食当番だから仕込みをしておこうかな、あ、そっか冷蔵庫に何もなかったっけ、買い物行かないと…と、考えながら立ち上がる。
…あ、外しとこうかな。
普段の時は外しているのだ。なんとなく慣れていなから。もういいよね…と、黄色の腕輪に力を込める。
…あれ？
自分の足元が消えていくような、この感覚。何度も何度も経験したことのあるこの感覚は…。
…あ。
黄色の腕輪が光っている。かすかな光をまとうような光り方。決して輝くのではなくそれ自体がうっすらとにじむような光をまとって…
…あー…？
………
気が付くとその世界に渡っていた。なんか甘い匂いがする、ような気がする。が、目の前は…真っ暗？ そりゃそうか、と思い当たる。どこかの穴のような場所に入り込んでしまっている、とすぐに気づいた。
暗闇の中でそっと自分の腕を触ってみる。違う世界に着いた時に未来がまずすることである。本来？の自分の腕のままならまずは世界に勝っている、と安心できるのだけど、そうでなかったらちょっと厄介かな…。
…だいじょぶ、わたしの腕だ…。
となるとさっさと外へ出た方がいいようである。文字通り手探りでその辺を触っていくと、何かがちょっと指先にひっかかるような感覚。少し、指先に力を込めてみると…ばらり、揺れるように動く。それどころか小さな光も見える、ような気がする。さらに力を込めてみる。その小さい光は強くなってきて…
ばりん
壁だったソレが割れて、一気に光が差し込んできた…。
空は…抜けるような青空。雲一つない空。周囲を見回してみると…なんだかフツーの野原にも見える。ちょっとした茂みがあったり短かかったり長かったりする、そんな草も生えている。遠くには緑の山に、森なんかもちらちら見えるような。もしかしてホントウは渡っていないんじゃないのか、元の世界のままなんじゃないのか、とかそんなことも思ってしまうのだが、ここは明らかに違う世界である。
すごく甘ったるい匂いが身体に流れ込んでくる。一瞬目まいがするほどに。
それにさっきまで自分がいたのは…タマゴの中だ、と気づいた。タマゴだけあって壁？はすぐに割れていく。よし、と立ち上がってみる。周りには…他にそんなタマゴはない。草原に一つだけ転がっているタマゴ。そこから自分が生まれてきたような、そんな妙な感覚だったりする。
…とにかく見てみよう、あっちこっち。
体のあちこちを触ってみる。やはり…学校から帰ってきたそのままの格好。…あれ？ ガーフが勝てない世界って言ってたからてっきり「あっち」の世界とは違う格好や姿になってるかと思ってたんだけど…そんなことないのかな…。
『ヒ』
なんか音がしたような…？ 振り返ってみる。
『ヒ、ヒヒ、ヒーヒヒヒ？ ヒ』
笑い声ではなく甲高い声だ、とすぐに分かった。何しろ自分の背後にある木、そのすぐそばには吸盤がたくさんついた足が何本もある、三角の頭…頭巾？ いやいやそれにしては真っ黒な丸い目とぬめり、と白だか茶色だかにテカるすらっとした身体の生き物？が立っていて、それはまるで…
「イカ？」
…あ、そう言えば冷蔵庫に昨日買ってきたイカがあったんだっけ、あれでいいかな、今日は。
胴は輪切りにしてちょっとキツめの味付けで煮付けて、ゲソは…どうしよう、ゲソかき揚げなんかがいいのかな。先守も明夫も揚げ物大好きだし、父さんはちょっと遅くなるって言ってたからゲソかき揚げで天丼？ ちょっと重いかなー…煮付けをチンしてあっためてもらって…。
