触手と吸盤を軽くぺちぺちと打ち合わせるような仕草。「あっち」だと組んだ腕を指で軽くトントン叩く、とかそんなところだろう。
「うーむ…」
よく考えてみたらそこらの警察署行って門番してる若い警察の人に「こないだ捕まえたっていう凶悪犯と会わせてくれ」とか言っているようなものである。そういう権限？まではないのかも知れないし、相手にとってもやはり迷惑なんじゃ…。
「よしわかった」
意外とあっさり。
「ただし仲間にも伝えないといけない。君の吸印もとらせてもらうことにもなる。構わないかね？」
…キューインって何だろ。
とは思ったのだが。なんとなーく相手の慎重そうな声の様子も気になったのだが。
「はい。だいじょぶです。ありがとうございます」
それからすぐに何人ものイカの人たちが集まってきた。指笛と言うか触手笛と言うか。触手の先で円のような丸のような形を作ってそこへ大きく息を吹き込む。その耳の奥に響くような甲高い音が合図だったのだろう。…建物の奥からわらわらと出てきたのだった。もちろん、みんなあの半透明な甲を持っている。
こうして見ると色んなカタチのイカの人たちがいるのが分かる。その辺はどこの世界も変わらない。
背の高い人にそうでもない、未来くらいの背の高さの人もいる。横幅の広い人から細長い人まで。色もツヤツヤした真っ白な背中？から薄茶色の斑点のあるお腹？や頭巾？がぴんと立っているのから、だらんと垂れ下がっているのから。
なんとなく雰囲気が違うのは女性のイカの人だろうか。何人かいる。他のとどこがどう違う、というのは未来にもよく分からない。ただ、見ているとなんとなーく分かるような、とかそんなものである。
…みんな若い人たちなのかな。
「あっち」で言うところの学生が終わって社会に出たばかり、とかそういう人たちなんだろう…と未来は思った。なんだかみんな動きが素早いようなきびきびしているような。いずれにしろ自分より年上なのは変わらないのだろうけど。
「ちょっとお話を聞いてもいいかしら？」
女性かな、と思ったやや背の低いイカの人が話しかけてきた。よく見ると…半透明の甲が他の人よりずっと細くて鋭い。
「あ、はい、えっと…だいじょぶです」
「あなたのその知り合いだけど、本当に信用できるの？ いえね、疑ってるわけじゃ…いや疑ってるか、これは。うーん、そうじゃなくって…」
「君をアレに会わせても本当に大丈夫なのか。その確証が欲しいだけだ」
今度はとっても大柄なイカの男の人。この人の甲は幅も広くて半透明と言うほどに透明ではない。
「危害を加えられるわけにはいかない。どうだね？」
「えっと、その、だいじょぶです、多分。はい」
「…ほんと？」
「はい。その知り合いは…いつもはすごく厳しいんですけど、いえ、一生懸命なんです。だから、決して違うこと、いや、違うことじゃなくて…そうでないことは絶対に言わないと、思いますです」
特に啓児のことに関しては…である。この世界に渡れ、と言ったのはあのガーフなのだ。あんな過保護が手がかりも何もない世界に未熟な旅人を放り込むとは思えない。必ず何かあるはずなのだ。啓児が戻って来ないことに関しての、何かが、ここに。
ただ、まあ…ちょっとなんか…なんとなく、なんとなく釈然としないところはあるのだけれど。なんでわざわざ未来を指名したのだろう？ とか。
「だから、その…会わせてください。…お願いします」
それを聞くと、少し考え込むような様子になる。
「うーん…まあ、いいのかなあ…」
「うむ…」
「いいんじゃないか、とは思うのだが、な」
最初に対応してくれた背の高いイカの人の、ぼそっとした声。
「こうした経験も大事なものだ。後進に伝えるのも悪くはない。それに」
「吸印をとっても構わないそうだ」
その一言で辺りにざわざわした、騒然とした空気が満ちてくる。怒っているわけではないのだ。疑問と言うか驚嘆と言うか…。
「それだけの覚悟をしているんだ。見届けてやってもいい、と思うのだが…？」
「そうね…」
「…うむ」
「もちろん準備は万端に整えておこう。何があっても即座に対処できるように。時間もあまり長くはできないな。…それでもいいかな？」
「はい。…よろしくお願いします」
