いざ入ってみると…建物の中は「あっち」とそれほど変わらない、ような印象を受ける。
どこかのお城か、と思うような建物だったのだが、中へ入るとフツーと言うか。学校とか病院とか。大勢が利用する公共の場、といった印象を受ける。実際、何人ものイカの人たちがひっきりなしに出入りしては、足早に歩き回っている。それぞれがあの甲を持っているところを見ると警察署というのがやはり一番ぴったりくるのかも知れない。
外から見た時は三階建てかそれ以上か、と思っていたのだけど。
…天井、高いなあ…。
だから外から見た時にもっと高い建物だと思ったのかな、と納得。見上げていると首？が痛くなりそうだ。
エントランスのホールはかなりのスペースがあって、高い天井の下にすっぽりと収まっている。その先には大きな階段があって上下に伸びている。階段の先の二階もここから見ることができる。下へ向かう階段がある、ということは…二階と地下があるだけ、ということらしい。屋根はやはり平らだったから屋上に出ることくらいはできるのだろうけど。
受付、と思われるカウンターがある。そこの受付のお姉さん？に一言二言。すると奥から小さな台が運ばれてくる。小さなテーブルのようなもの。学校の机より一回り小さいくらい。その上に黒い液体が入った平たいガラス容器に…白い紙が一枚。
「じゃあまずは吸印、いいかな？」
途端に周りのイカの人たちの間にもざわめきが広がる。人の流れが止まって、ホールにどんどん集まってくる。
「本当にいいのかね？」
「はい」
…あ、キューインってそういうことか。
触手の先の吸盤それへこの液体をくっつけてこの紙へ押し付けろ、ということだろう。要はハンコをついてくれ、と。拇印ということである。
周囲からの恐々、といった視線が集まる。痛いほどに。
ぺたり。
その途端、周りから巻き起こる「おお…」とか「やだ…」とか「うーむ…」とかそんな声。様々な感情が入り乱れているようで、何が一体どんなことを自分がしでかしてしまったのか、未来にはちょっと、いや、よく分からない。
ただ、かなり重大なことになっているのはよく分かる。少なくとも「あっち」で親指の指紋をとる、とか名字のハンコをつく、とかその程度の行為ではなさそうである。
「覚悟はある、ということね」
「はあ…」
なんだかよく分からない、というのが正直なとこなのだが。
「よし。ではこちらへ。ついてきてもらおう…」
そして地下へと案内されていく。
最初に会った親切なお兄さん？を先頭に未来、そしてお姉さん？ そして大柄なイカの人。そして…さらに何人ものイカの人たちが続いている。
地下へ下りる階段からはちょっと違う雰囲気を感じる。幅は広いしかなりしっかりした造りになっている。「こっち」の人たちがどれほどの重さがあるかは分からないけれど（イカの人だし）今の未来の自分の感覚からすると…「あっち」ほどにはなさそうである。いや、むしろかなり軽そうな気がする。そんな人たちばかりなのに、階段はいかめしくがっしりしている。支えるのには十分すぎるほどに。
…どこまで下りるのかな。
つづら折りの、何回も何回も折れ曲がっては下っていくその造り。気が付くと階段の壁にはうっすらと明かりが灯るようになっている。どんな仕組みなのかは、未来には分からない。電灯ではなさそうだし、ランプらしきものもない。まさかLEDとかそういうのでもなさそうだし。しかし明るさは十分にあって足元に危険を感じない。色はほんわりうっすらと濃い青、といったところだろうか…。
途中、いくつかのドアもあった。しかしいずれもスルーしてどんどん下りていく。そのドアの前には門番と思われるイカの人が必ず二人一組ずつ立っている。甲を、それぞれしっかりと捧げるように持って。
ちら、と見えたそのドアは重々しかった。…近づいてはいけない、そんな空気をまとっていた。
一番下まで下りるのかな…とか思い始めていた頃にようやく皆の歩みが止まる。やはり大きなドアの前。
先頭のお兄さん？が門番らしいイカの人にさっき未来からとった吸印の紙を差し出す。
「ほお…」
「…うむ」
二人はちょっとだけドアを開けて何かの合図を中に送る。すると中からもう二人、出て来て四つの頭巾？がそこへ集まる。
「なるほど」
「なかなかの覚悟だろう？」
「ああ」
「まだ二か月、といったくらいだろうに。良い覚悟だ…」
