「コマカンサ…」
「さっきリョンカとなんか話してたじゃん。なんか頼まれたんかな、って。あたしも手伝おうか？」
飲めそうな雰囲気なのだけど、酔っている様子ではない。
「あー、あたし酒飲めないんだ。場長とかは結構飲んだりするけどね」
ぱたぱた、と顔の前で手を振って見せたりする。荒くれ者が多そうなイメージのある工場だが…実際にはそこまで山賊？っぽい様相でもない、とのこと。底なしに飲むのは場長であるキーツくらいで、後は一杯飲んだらそれでバタンキュー、てなもんだとか。
だから飲み会なんかもほとんどない。あるのは皆で集まって肉焼くとかそんなイベントばかりだと言う。飲まない代わりに食う量がとんでもないので食材を用意しても用意しても足りない、とかそんなことになるらしい。
…分霊のヒト？が見えないコマカンサからすると、未来が一人でこっそり作業場の奥…階段の先へ降りていくように見えたのだろう。その直前にリョンカと話をしていたから何か頼まれたんじゃないのか、とか思うのも無理はない。
実際には未来の前後も両脇も頭の上の狭い空間にまで分霊のヒト？たちがぎっしりと詰まっているような状態だったりするのだが。
「あ、えーと…」
ちら、火の分霊のお姉さんの方を見る。…仕方ないわよねえ、とでも言いたげに目をつぶって首を降るお姉さん。
「じゃあ、ちょっと手伝ってもらおうかな…」
「そうこなくっちゃ」
なんか重いもんでもあったらあたしが持ってやるからさ、ミライはあんまし力ないもんな、とか言いながら未来の後にくっついてくるコマカンサである。
作業場そのものはどこにでもありそうな、鍛冶場のような作りとなっている。数々の道具が整然と並べられ、素材となるのだろう石もきちんと整理整頓して分類されてそれぞれ箱にきっちり収まっている（こういうのは店主であるリョンカの几帳面な性格によるものだろう）。ただ、違うのは水場がなく、かまどもない。
「どっちかって言うと倉庫みたいだねー」
「…うん」
火を使うかまども水を使う水場も当たり前にあるのがコマカンサの働いている鍛冶場である。そういう方面の人からすると、ややもの足りないかも知れない。
が、未来や分霊のヒト？たちからすると…そんなただの倉庫、とか、もの足りない、とかそんなもんではない。
『…うわー…』
『な？ なかったことにしたくなるやろ？』
ここへ降りてきた時の第一印象がまず『なんじゃこりゃ』だったのである。
階段の前では「縄」だったソレはすでに「縄」ではなくなっている。すでに巨大な「綱」と化しており…階段の真ん中を堂々と何本も何本ものたくっていたりする。「糸」や「縄」の時はそんな風にも思わなかったのだが…なんだか心臓か何か循環器系臓器のようにどくんどくん、と脈動しているようにすら見えてくる。ある意味どこか禍々しいまでに神々しい、そんな様相まで呈している…。
「？ なんでそんなに端っこ歩いてるの？」
「え、えーと…私、端っこ、好き、なんだ…あはは…」
「へー、変わってんね」
見えないコマカンサからすると何もない、ただの階段なのである。恐らくはリョンカにも見えていないだろう。しかし見える未来にしてみたら階段の真ん中にただの障害物にしては近寄りたくない雰囲気の「何か」がビミョーにうごめきながら下へ向かっている、とかそういう場所になっている。
それは分霊のヒト？たちにとっても同様なようで、なるべく下を見ないように視線を上に向けた目をつぶったりしながらついてくる。そのためぶつかり合う連中の多いこと多いこと。
階段でこれなのだから、降りた先にある作業場がどんな様子に見えているのか…。
『あ、はは…』
乾いた笑いしか出てこない。
『ほんとはここまで降りてきたくなかったのよねー、ほんとは』
『…あーー…なんかアタマ痛たなってきたわ、ホンマ』
『どうにかならんもんかねえ…？』
へー、リョンカこんな道具使ってんだ、マニアックだねえ…とかお気楽にあちこち見て回っているコマカンサに比べてこっちの「見える組」は明らかに重そうな表情、である。困ったを通り越して一種の恐怖すら感じている。
実は未来は一度ここを訪れている。いつも腰に下げている魔法短剣「シノノメ」を作ってもらった時に、調整、ということでここへ来ている。地下なのに採光目的の窓が上の方にあって、外から光が差し込んでくるのでそんなに暗くもない、ちょっとした大広間といったところで…その時はそれ以外に何も思わなかった（そもそもそこまで余裕もなかったし）。そもそもここはリョンカが新規武具の試用とかそういうことに使う場所だったのだが…。
あの「綱」はすでに「綱」ではなくナニカの塊となって作業場のほとんどを埋め尽くしている。地上に通っていた糸や縄や綱が全部ここへ集まってきてしまっている、ような…？
…やっぱり…動いてる…？
脈動はさらに増して、その肉塊にも見えるような塊は…細かな震動でもって規則正しく拍動している。…どこかがぱっくり裂けて目玉がぎょろり、とかそんなことになるんじゃ…とかそんな想像すらしてしまうほどに。
