一瞬、一瞬、膝から下の力が抜けたような気がする…。
…あ
この感覚は覚えている。辺りの…色が消えている。時間も停まっている。コマカンサも分霊のヒトたちも、全部が止まっている。
…まさか…？
「また会ったようだにゃ、ふん、生きていたとは…しぶといもんにゃな」
どすん、とふてぶてしいネコの姿。いつの間にか足元に転がっている。
「あー…ネイトさんでしたっけ…」
「うむ。久しいにゃ」
…今それどころじゃないんだけどなあ…。
承認とか条件とか、そういうややこしい？ことにあまり時間をかけたくはない。いや、止まってるけど、時間。
「今日はそういった用事ではにゃいのにゃ。おお…アイト様、こちらにございましゅ…」
やはり足元に小さな光の輪が生まれる。生まれる、と言うより描かれる、と呼んだ方がいいだろう。それはまるであのイカの世界から「あっち」に引っ張り戻された時の光の輪に似ているような、そうでもないような…。
「ああ。なんだお前さんもいたのか。それはちょうどいいな。うむ」
「あの時の…」
それこそ承認がどう、とか認証がどう、とか。なんだか人称の定まらなかったせっかち？なネコである。あの時のように二本足でしっかり立っている。その足元にはネイトがまんまゴマをするように這いつくばっていたりするけども。
「そうだ。今日は急ぎの用でな。さっさと済ませないといけないのだが…お前さんがいるのならコトも早く済む、というものだ。…イント」
『…はい』
そのアイトのその足に隠れるように三毛の子猫。そこからの聞き取りにくいほどに細い声。まだ生まれたばかりなんじゃないか、とか思うほどに小さいその姿。別にアイトの子とかそういうわけではないのだろうけど、なんだかそういう風に頼り切っている、ような…？
それを見るとネイトが、ふん、と鼻を鳴らす。
「イント。貴様はあまり出しゃばるんじゃにゃいぞ？ 畏れ多くもアイト様の御前にゃのだから？」
…イント？ イントって…あの時の？ ガトの中に入ってた…？
それにしてはどうにも雰囲気が違うような気がする。なんだかもっと…こう…？
『…その節はどうも。他の身体に入ると色々不都合が出てくるものなのです…』
「は、はあ…そうなんですか」
『…思ってもみなかったことが口から出てきたりするのです。あー、本心がしゃべれなくてタイヘンでした、あの時は』
…ホントかなあ…？
「ところで詳細はどうなっている？」
『…先ほど大規模な揺らぎを感知しました。上限的な飽和異常はまだ先かと思われますが、予断は許されません』
「そこまでか…」
「そのようにおみ足に触れるものでにゃいのにゃ、無礼モノめ」
『…少々ゆっくりし過ぎたのかも知れません。ここまで過大なインベイジョンの検知例は過去にもなかなかありません』
「ああ、ああ、にゃにをしている、その手をどけるのにゃ…」
「早急に手を打たねばなるまいな」
「気高くもお美しいアイト様、そんなちっぽけにゃモノにゃどさっさとお引きはがしににゃって、ですにゃ…」
『…はい』
…えーと
とりあえず、なんだかんだと割り込んで来るネイトの首をひっ掴んで持ち上げて抱き上げる。意外と軽いものだったりする。デブ猫なのに。
「にゃ、にゃにをする？」
「…このヒト、必要ですか？」
「手伝い要員だからな」
ちら、と未来の方だけを見る。ネイトの方は眼中にない、といったところ。
「じゃあ少し黙ってもらっててもいいですか？」
「構わん。今は不必要だからな」
少し、辺りを見回してみる。あのうねうね以外はみんな止まっている、のだが…。
…使えるかな？
右手にじたばたしているネイトを抱えたまま、左手にイメージを集中させて。イメージの元はこの間真記が見せてくれたネコ動画、潜り込んだりしていたネコのケージ。移動用の…丸くて…そこまで大きくなくて…でも頑丈で…。うねうねの一部だけで組み上げてみることにする（むしろ他に使えそうな材料がない）。ここをこうして…ああしてみて？
…うん。いい感じ、かな？
思った以上にいい出来に仕上がった、と思う。組んでしまえば「うねうね」ではなくただの太い木の蔓のよう。ただし中身が暴れるしにゃにゃにゃにゃうるさいので、少し離れた場所に置いておくことにする。
「これで問題ないですか？」
「うむ」
…うわー…やっぱり視線も合わせないんだ…
『…アイト様。これは使えるのではないですか？』
「そうだな。…うん、若き旅人よ。この世界はお前さんにも深く関係していることだ、手を貸してはくれまいか？」
「どんな…ことです？」
『…それは自分から説明します』
いつの間にか未来の足元に、ちょこん、と座っている。小さく首を傾げているその様子は…それこそ有名動画にでもありそうな…。
『…この世界のピンチなのです。どうか、救っては頂けませんか…？』
