それからほどなくして啓児がやって来たのだが… 未来は思わず顔をそむけてしまった。なぜだか涙が止まらなかったから。
「…一体どうしたの？ 福田さん？」
玄関で途方に暮れた様子の啓児。靴も脱がずに、そのまま。
「入っていいのかい？」
一つ、うなずく未来。来客用のスリッパを力なく床に置いてしまう。
「じゃあ…おじゃまします…」
とりあえずソファのあるリビングに通したのだけど…
…どうしよう
というのが未来の正直なところだった。何を話していいのか分からない。いや、分からないわけではないのだけどどうやって何を話したら今の自分の気持ちがうまく伝わるのだろう、とかそんなことばかり考えてしまう。…何せ顔を見た瞬間に涙が浮かんでしまったことも、実際なぜだかよく分からない。
『…ミライさん』
「…うん…」
前にも来たことがあるからか、そこまで慣れていない様子は見せていない啓児。しかしなんとなく落ち着かない様子であちこち見回していたりする。
『…きちんと話さないといけませんよ？』
「うん…」
『…コトはかなり重大なのです。協力者は一人でも多い方がいいです』
「うん…分かってる」
『…ミライさん？』
「…うん」
『…あーもう、仕方ないですねえ！』
とん、と軽く頭を揺らすほどの震動。
『…ナナサクケイジと言いましたか。自分が見えるのでしょう？』
しかし啓児は、え？、という顔で視線をきょろきょろ。
「…誰？ どこ？」
声はすれども姿は見えず、といったところか。
『…ここです。自分はイントと言います。これで見えるでしょう？』
全部見えている未来には、イントが少し自分の存在を強くしたのが見てとれている。自分の輪郭の画素を一段階、引き上げたような…そんな感触である。
「あ。えっと、その…」
啓児にも小さな三毛猫がテーブルの上に腰を下ろしているのが見えてきたようだ。
「初めまして。七咲啓児です…」
『…自分とミライさんは重要かつ重大な問題を抱えているのです』
「問題…」
『…協力して頂けますか？』
「それが福田さんのためになるのかい？」
『…もちろんです』
「わかった」
奥のキッチンの方に…未来がいる辺りに声をかける。
「福田さん？ 僕は君が困っているのならどんなことでも協力するよ。何をしたらいいんだい？」
「えっと、その…」
まだなんとなく顔が見れない未来なのだが…。
『…その前に少し、試させて頂きます。あなたが正直なところどれだけ使えるのか、分かりませんから』
「イント…？」
『…ミライさん、ちょっと時間をもらいます。いいですか？ ケイジさん？ ちょっと付き合ってもらいますよ…？』
「…え？」
その瞬間、啓児の足の下にいきなり黒い穴が口を開け…その姿を一気に飲み込んでしまう。そして気づくとイントも姿を消しているのだった。
