「え？」
すぐに阿多根先輩の驚いた声。それから何度も「どうして？」「なんで？」と繰り返される。
「…どうしたんだろ？」
「さあ…」
声の様子からしていつもと違うことは分かる。
「みーちゃん…」
台所には呆然、と立ち尽くした阿多根先輩。ぎゅっとスマホを握りしめている。
「みーちゃん…？」
「ごめん、みーくん。あたし、ちょっと、行かなくちゃ。ごめん」
軽く持ち上げて、挨拶のつもりで小さく振った、その手を、未来は思わず握ってしまった。
「…みーくん？」
「何があったの？ なんか、その…」
「ごめん。言えない」
「みーちゃん、本当に悲しい顔してる。言って？ 何かできるかも知れない」
それを聞いて、笑みともため息ともつかない小さな息を吐く。
「何か…いや多分できないよ。あたしにも無理。だって…だってさ…」
握られた未来の手を、もう片方の手で包む。
「じいちゃん、倒れたって。意識ないんだって…」
それからしばらくして。駅前の向こう側に向かう二人の姿があった。
駅の前は少し、賑わってきている。そろそろ人が行き交い始める頃合。ここから電車に乗った先の総合病院に搬送された、とのこと。陽子さんが入院しているあの病院。
「…いいの？」
「何が？」
「だって、その…みーくんも今大変なとこなのに」
「みーちゃんの方が大変じゃない。あっちはイントがもっといい方法探してくれてる。今は、みーちゃんの方が大事」
繋いだままの手。それを、ぐっと握り返す。
「なんか、アレだ、なんか…前のみーくんに戻ったような気がする」
「前の…わたし？」
「そ。あたしのことも全部覚えてるみーくん。あたしとさっきーとよく遊んでくれてた頃のみーくん」
…前の…わたし…
「今のみーくんもみーくんだけどね。前の…昔のみーくんはもっと積極的だったから」
「わたしの、えっと…持ってかれてる、って…ゲンゾーさんが言ってたのって…そのこと？」
「うん。じいちゃんが言うにはとっても強い繋がりを持ってる同士が何かの拍子で離れてしまった時、繋がりが強ければ強いほど色々持っていかれることがあるんだって。特に旅人はいついなくなるか分からないでしょ？」
…いつ、いなくなるか…
ぎゅ、と阿多根先輩の手を握り返す。
「ありがと。…そう、色々ってね、色々なんだって。何ともない、ちっぽけなモノの場合もあれば…とっても大事なモノのこともある。それはそれぞれ同士の繋がりの強さによって…いやそれだけじゃなくて色んな事柄が重なり合って連なって結果になる、って…」
夕方のラッシュとはまた別の方向なので電車はそこまで混んでいない。反対方向へ向かう電車のホームはやはり混んでいる。
「縁って言うんだって」
…えん…
「ただ強い弱いじゃない、それは複雑怪奇なんだけどとっても単純で…でも大事なモノだって。全く持っていない人はいないし、全く関わっていない世界もない。それは世界を構成する最も重要な要素の、一つ、だって…」
ぎゅ
「うん、じいちゃんが…言ってた…」
さすがにバスでは時間がかかるので、タクシーで病院に向かう。その間、ずっと二人は手を繋いでいた。
病院には阿多根先輩のお父さんとお母さんも来ていた。「ありがとうね、ありがとうね、未来ちゃん」と独特のイントネーションでお礼を言われたけど、その表情を見た時に未来は少し、後悔していた。何もできない自分がこんな、こんな重要な場所に来てしまって良かったのだろうか…？
お父さんは無言で大きな手を肩に置いてくれた。それは、多分、感謝の意だったのだろうけど…やはり重たい。
少しの間なら面会できる、ということで病室に入れてもらった。開いたドアの向こうには白いシーツが敷いてあるベッドとそしていくつもの機械機械。そしてその上には…
「…じいちゃん…」
そして、病室に一歩を進める。
