…あれ？
たしかに自分は病室に入ったはず、だったのだ。それに間違いはない。でも目の前にあるのは…病院の清潔なベッドやわけの分からんキカイでもなく。どこかアンティークな木肌が鈍く輝く大きな椅子だけのある空間と、そしてそこに座っている男性。
『よお。来たな』
ゆっくりと立ち上がる。がっしりした体格と豊かな口ひげ。自信ありげな口元の微かな笑み。しかしその表情はどこか儚げだったりする。
「えっと…？」
…誰だっけ、どこかで会ったような気がするんだけど…
『ああ、この姿で会うのは初めてだな、お嬢さん。…俺…いや、ワシだよ、ワシ。ゲンゾー。まあ、この姿の時はメイジって呼んで欲しいけどな』
よく見てみると。ここはとても小さな部屋、ということが分かる。しかしどこかぼやっとした空間。壁が…あるのかないのか…。
『メイジー？ こっちちょっとヘタってきるから補強しといたよー？ 少しはもつと思うからー？』
『おう、すまねえな、ヨーコさん』
…あ
『気がついたみてえだな』
にやり。
『ここなら少しはもつ。…まあ、それでも長くはもたねえがな』
『実は前々から少しずつ準備していた部屋でな。俺が消えればそのうち勝手に消えるさ、こんなもん』
「消える…んですか？」
『ああ。人間てないつかは死んで消えるもんなんだ。死なねえ人間なんているわけない。それは俺はもちろん、ヨーコさんや美咲もそうだ。お嬢さんや家族、お友達もみんな、な。ただ…それを決めることは自分ではできねえ』
かくん、と肩が落ちる。…別に力が抜けた、とかそんなものではなくただ椅子の脚が一本いきなりなくなってしまったから。
『…結構早いな。まあ…仕方ない』
立ち上がって、手をかざす。脚が三本になってしまった椅子は…煙も残さず消えてしまう。
『こうした方がここもまだもつってもんだ』
『てことであまり時間がねえ。手短に行こうか』
「あの、その、その前に…」
『なんだい？』
「だいじょぶ…なんですか？ ゲンゾーさんは？」
『…大丈夫に見えたかい？』
「…いえ」
少なくともあの状態では…。
『言ったろ？ 人間てないつか必ず死ぬんだ。それがいつかは分からんってだけだ。それよりもやっとくことが俺にはあるってことだ』
『キョーコさんの世界がヤバいんだろ？ クリエイターがいない世界なんてな遅かれ早かれそんな風になっちまうもんだ』
「…」
『お嬢さんにできることは…いや、お嬢さんにしかできない、と言った方がいいか。キョーコさん…お前さんのお母さんを探すんだ。溶けてるったって消えたわけじゃねえ。いいかい？ ここが重要だ。キョーコさんはまだどこかに存在しているはずなんだ』
「…え？ だって母さんは…」
『存在はいつかは消える。これはもうどうしようもない。だが、それを決めるのも俺らじゃねえってこった。…もし本当に消えてるんならあの世界はもっと前からかなり深刻なダメージを受けててもおかしくはなかったんだ。それが今になって…ってことはまだどこかに存在している、しかしあまり時間がないってことだ』
『元来が他の世界との繋がり…他との縁が薄かった世界のはずだしな』
「どうしてそんなことまで…？」
『キョーコさんに旅人や世界のことを教えたのは俺さ。俺はキョーコさんの先達だったんだ』
『クリエイターとしての色々も教えた。だが…時間がなかったんだ、あの時も。だからあの世界は中途半端のまんま、放り出すことになっちまった』
『あの子はどこか抜けてるみたいで実はしっかりしてたけど…のめり込み過ぎちゃったんだろうねえ』
「ヨーコさん…ディクシィ？」
『やっほ。ミライ。あたしはキョーコとは同期みたいなもんだったの。だからちょいちょい様子を見に行ってたんだけど…あたしがこんなんになっちゃったしね。だからさ、あたしやメイジの分もさ、あの子の世界を…救ってあげてくれない？』
