…と、そこで居間の電話が鳴る。明夫が取りに行って…。
「父ちゃん。兄ちゃんから」
先守はスマホを持って行っているはずだけど、なぜか阿多根先輩の家の電話を使って連絡してきたらしい。…羽佐人はじきに戻って来た。
「どうだって？」
「なかなか難しい状況のようだね。やはり意識は戻ってない、って」
先守はもう少しあちらにいる、とのこと。何かと手伝いが必要なようなのである…。
羽佐人が居間に戻っている間。
未来はなんとなく…なんとなく羽佐人の部屋の一角が気になり始めていた。
『…未来さん…？』
「うーん、なんとなく…？」
羽佐人の部屋は正に彼の趣味の部屋である。小さい頃はたしかにここに入り浸っていた、ようなかすかな記憶もないではない。それでも当時のことはほとんど覚えておらず、今だって何が何だか、どこに何があるのか、なんてのは分かるはずもないのだけど…。
…これ…
分厚そうな本が二冊ほど納められてある一角がある。これがアルバムだ、ということくらいは未来でも知っている。デジタルでの保存ではなくフィルムカメラによる写真の保存。…しかしそれっぽいカメラまではさすがにこの部屋にはない。そもそも家電のような設備？がこの部屋にはほとんどない。あるのは仕事用だか個人用だか分からないノートPCと小型のプリンタくらいだろうか。もちろんレコードやCD用のプレイヤーはあるが、それくらいのもので画像や写真をどうこう、という設備？や道具は見当たらない。
「へー、やっぱりおじさんとこは珍しいものが多いね。何これ？」
「アルバムだよ、あるばむ。まきは知らないの？」
「アルバ…あ、なんかばあちゃんちで見たことある、ような…気はするけど…」
「昔はみんなこれに画像入れてたってんだろ？ なんかスゲーよな」
「そういうのもあるんだね」
「何かあったのかい？」
そこへ羽佐人が戻って来る。
「…アルバム？」
「ああ、そうか、君たちにはもう馴染みがないのかも知れないね。今はデータとしてスマホなんかに残ってしまうものだから」
よ、と小さな声と一緒に…重そうな雑誌や辞典のようなソレを取り出す。
「懐かしいね、これは今日子さんが撮りためていたものなんだよ。ほんと、昔のことだ…見てごらん」
ぱらぱら、と言うよりもばらばら、と重い音を立ててページをめくっていく。
「……？」
「………えっと…」
そこに貼り付けられてあるのは…。
「…うーん、あの今日子さんだからね、なかなか理解はできないと思うよ…」
道に転がるネジ、中身のないカタツムリの殻、ボケにボケて多分雨の日らしい駐輪場の屋根、などなど
苦笑いするしかない羽佐人。
「一応ね、取っておこうとしているんだけどね。…あ、これはホント懐かしいね。僕が撮ったものだからあまり良い出来ではないけれど」
一番最初に貼ってあったのは…やや緊張した面持ちの若い女性。紺色のスーツを着てはいるけど明らかに着慣れていない。スーツに着られている。
「今日子さんだよ。未来と明夫は…はは、まだ君たちは生まれていない頃だね」
…母さん
その姿はなんとなく記憶の奥底にある、ような気がする母の姿ではない。言われてみればどこか似ているような、どこかに共通点が…そう言えば鼻の辺りとか顔のカタチとか、なんか毎日見ている鏡の中の自分と似ている、そんなことも思わないでもないのだが。
「…みらい？ 泣いてる？」
かしこに言われて気が付いた。特に意識も何もしていないのに、なぜか…涙が流れてきている。
「あれ…あは、何だろ…えへ…」
両手で顔を拭って…拭って…。
「…これ？ これが…ヤマアジサイ？」
母の写真の隣に小さな青い花がごしゃっと集まった、普通よく見るアジサイよりも小ぶりなアジサイのような花の鉢植えが貼ってある。ちょっとピントが合ってないからにじんだ感じになっているのだけれど。
「うん。これだね。たしか…クロヒメだったかな。なんかそんな品種名だったと思う。今日子さんが一番最初に買ってきた鉢植えだよ」
