…クロヒメ
「へー、こんなんあったんだ」
「うん。次に…たしかクレナイとかそんな名前だったかな。でもこっちはうまく育てられなくて花も咲かずに枯れてしまったんだ、だから写真も何も残っていないんだ」
とてもきれいな真っ赤な花が咲くってすごく期待してたんだけどねえ…と羽佐人。
クロヒメと、クレナイ。
「父さん。じゃあ…シノノメって…そんな品種。母さん、育ててなかった？」
「シノノ…メ？ うーーん…どうだったかな…」
ばらばらとアルバムをめくっていく。
ヤマアジサイと思われる植物の写真は探せばいくつも、何枚も写っている。しかし…。
「どれが…どれなんだろう…？」
そもそも撮り方が独特？な今日子さんの写真なのである。葉っぱ（ヤマアジサイなら共通で涙滴型っぽくてギザギザのある葉っぱ）の写真はいくつかあるが、ほとんどが異常なまでの接写すぎて何がなんだかよく分からなかったりピンぼけだったり。あるいは葉っぱということはかろうじて分かる程度。花の写真もあるにはあるが、小さな薄青い花の集合体がボヤあっとボヤけていたりちらっと写っていたりするとか、そんなもんだったりする。
「はなの確定ってむつかしいんですね」
かしこに言われるまでもない。たぶん、これが、やまあじさい、なのだろう…というのは分かるのだけど…。
「あ…何だろ」
アルバムにはさまっていたのは、折り畳まれた紙切れ。ルーズリーフが一枚。
「これは…？」
『クロヒメ クレナイ シチダンカ フガク フクムスメ キメンコウ ルリミヒメ リオノユメ ウスズミ コジロウ ジュウジセイ キンザンヒンジ ナツヒボシ ラシャヒメ ゲシザクラ サザナミ ハナグルマ シシテマリ ハナマツリ、サクヤヒメ…』
まだまだたくさんの名前？名称？が並んでいる。一面ほとんどを埋め尽くすほどに。
「これは今日子さんの字だ。ということは…これはメモってことなんだろうか…？」
少し…腕を組んで考え込む羽佐人。
「…いや…ちょっと待ってくれ…なんだ…？ どこかで…何だったかな…」
「何かの覚書きってやつですか…？ しっかし、まあ…何と言うかみやびってかおもむきってか…」
真記のぼやきももっともではある。
「何でしょうね？ 何かの名前の設定かなあ…？」
「これ、全部ヤマアジサイの品種の名前ですよ。東海林さんに端末で検索してもらいました」
うん、うん、とかしこ。誇らしげ？にスマホをかざしていたりする。
「ななさくくんとのファインプレーってやつです。えっへん」
「え。こんなにあんの？ すげーな、ヤマアジサイ」
「じゃあ、この名前、と言うか品種の名称を今日子さんが何に…」
「武器の名前」
「え？」
未来は当然知っている。
「これ、全部武器の名前だと…思う。『あっち』の」
ただし全部が全部に覚えがあるわけではなく。クロヒメとクレナイはハリエルで間違いないし、他の名前もどこかで聞いたような気がするのだけど…聞いた記憶のないものもある。
…もしこれが全部母さんが設定していた武器の名前だとしたら…
ここにシシテマリとハナマツリ、つまりはディクシィの武器の名前があるのはなんだかおかしいような。それに。
…なんでわたしのシノノメがないんだろう…？
「あ。コレ、裏にもなんか書いてある」
手に取っていた真記が、紙をくるっと引っくり返す。
「…えっと…三つだけ？ ササノマイ・シノノメ・アマツツミって。しかも…」
「見せて？ 真記？」
真記が両手で裏面を未来に見せてくれる。そこには。
少し大きめの字でササノマイ・シノノメ・アマツツミ、と。そしてシノノメだけが大きく丸で囲ってあるのだった。
