「あ！ そうか…これは…そういうことだったんだ…」
「父さん？」
「うん。思い出した。これ…たしか実際に購入してみようか、って話していたんだ、シノノメを。だからマルをつけてたんだ」
「ヤマアジサイの…シノノメ？」
「そうだよ。ネット通販でも買えるからね。いくつかの品種はそうやって手に入れてたんだ。でも…売り切れてたんだっけかな、なんか…そんな感じで実現しなかった、と思う」
ホントだ結構色んなのが出てる…と、かしこと真記はスマホで検索してみたりしている。
「実際に買えたのはクロヒ…メ、と、クレナイだったかな。クレナイは…ああ、そうだ。とんでもなく真っ赤な花が咲くって話だったんだけど…」
「あ、なんかスゴイの出てますよー…クレナイの検索画像」
スマホで調べていた真記が未来にも見せてくれる。
…わー…何これ…
実際、赤いのだ。薔薇の赤さともちょっと違う、深くて、周囲の空気が染み込んでいきそうな、赤。
「でもたしか…これはきちんと咲く前に枯らしてしまったんだ。こんな見事な赤までは咲かなかったね…」
「枯れてしまう…の？」
「そりゃそうだよ。植物だからね。鉢植えと言ってもそこは結局は人の植えた場所、ということだね」
「でもね。いいかい、未来？」
「…うん」
「鉢植えだって植物なんだから自然のままに置いとけばそれでいい、とそういうことを言う人もいる。それはそれで考え方の一つなんだ。でも僕は…ちょっと違うと思ってるんだ」
「植木鉢はそれだけでは生きて行けない、というわけじゃない。鉢から地面に植え付ければまた違った花を咲かせてくれるだろうね。でもね、植木鉢に植わっていることで、そして、我々人間が手間をかけて慈しんで…愛を注ぐことで咲く花もある」
「…えっと…?」
「僕らが手をかけることで生まれる美もある。美…というのが難しければ…この場合は愛着の結果、と言ってもいいかな。人間ができることなんて多寡が知れてるんだ。だけど…そんな中でもこだわって、工夫して、気にかけることで…ヒトにしか見せられない花を咲かせることもできる」
「こだわって…工夫して…？」
「そう。どうしたらできるか、どうしたらベストに近づくか。色々と考えて、考えてそれを色々と試してみる。うまくいくともあればそう簡単にいかないこともある。そんなことを何度も何度も繰り返してどんどんどんどんいい方向に向かってもらう。それが鉢植えの…いや、植物を育てる、動物を飼う、ってこともであるし…」
自分の部屋の、棚を埋め尽くす本にCDにレコードに、様々な蒐集品。
「何かをつくっていく、ってことも同じだと思うんだ。人間はそうやって今の世界を、色んなモノを手に入れてきたんだよ」
「…そしてこれからも手に入れていく、ですか？」
ぐるっと見回してから…啓児。
「そうだね。簡単じゃないけど、そうやって手に入れて…手放して…そしてまた手に入れて…少しずつ少しずつ進んでいくんだ。前に」
…つくっていく。すすんでいく…まえに
母・今日子は世界を創った。それは未来たち自分の子供たちに遊び場を作る、という目的をもって創ったもの。それは平坦な作業じゃなかった、と未来は正直に思う。
…だって、わたしにはできないもの
多分たくさん勉強して、たくさん調べて。ゲンゾーじいさんや明子さん、もしかしたらこのみさん・くすしさんにも色々聞いたりして…。
…だって、わたしじゃ…そんな大それたこと…
「福田さん」
いつの間にか啓児が目の前にいる。
うつむいていた未来が顔を上げる。
「やってみよう。みんなもいるんだろ？ 僕も、いる」
「七咲くん…」
「もしフクダキョウコさんの創った世界が今、とんでもないことになっているんなら…修復すればいい。その材料の一つはここにある」
「ヤマアジサイ？」
「うん。これは大きなカギになるはずなんだ。ここまでこだわった要素があればかなり進むと思う。それに、自分の複製体のための世界、ということならそっち方向からも切り込めるはずだ」
…ふくせいたい？ あ、そっか…
「オヤゴコロ、というのが何か僕には正直よく分からない。でもなんとなくなら分かろうとはできると思う。そのオヤゴコロも大きな要素になるんじゃないのかい？」
