と、言ってたのにここはナンタイコウである。
前に偶然？渡れた時にはやはり色のない、モノクロの音もなく誰もいない世界だったのだが…今回はきちんと？色も音もある。
「ここが…ナンタイコウかい？」
啓児はもちろん初めてである。
「うん…そのはず、なんだけど…」
しかしやはり通常？の時とは違う。…誰もいない。
「これは…やっぱりアレ？ 渡り方がいつもと違うから？」
肩の上のイントは右前脚を軽く口のあたりにもって行ったりして。
『…そうですね、それもあるかと思われますが…』
「何か、イントには含むところがありそうだね」
『…ええ、疑問もいくつか。一つは…なんであんたらいつまでも手ぇ繋いでんのかなあ、とか』
……！！！
『…爆発すればいいのに。ったく』
「な、なにか、言った…？」
『…にゃーにゃーにゃー』
「と、唐突だなあ…」
ビミョーな距離感保つ二人。…その頭上では緑の葉が、ざわり、と風に揺れる。
『…マジメな話しますと。九割九分確実に渡れてはいるんですよ、お二人は…』
「でもこの状態って…」
風にそよぐ枝や葉はもちろん、そこかしこから鳥の鳴き声も聞こえてくる。よく見れば虫やトカゲといった小動物もあちこちにいたりする。何より…太陽の光が優しい。さっきまでいた、時間が止まってしまったような（実際には止まっていない）モノクロ草原とは得られる感触が、全然違う。
「…なんだか登場人物だけ消えてしまったような…」
『…いえ。ここは間違いなくナンタイコウです。クリエイター・キョウコが創った世界。そしてその世界はまだかろうじて存在を続けています…』
『…問題の一つはお二人がまだまだ未熟だ、というところにあります。これが熟達した旅人なら何事もなくいつもの、たくさんの人が行き交うナンタイコウに渡れたでしょう…』
「わたしが…枕ぽんぽんで渡った時みたいに？」
『…そうです。そして実は今でもここにはたくさんの人が歩いています。…いや、冷や冷やもんですよ、実際。見えるこっちの身にもなってください。さっきから何べんぶつかりゃ気が済むんですか、あんたら』
「え…っと」
穏やかな空気。二人は少なくともここに人の気配を一切感じない。もちろんのこと誰かにぶつかっている感覚もない。
「…どゆこと？」
「もしかして…さっき言った九割九分ってのが…答え、ってことかい？」
『…おお、やはりなかなかに鋭いですね。さすがあの女狐…いや女猫（めびょう）の弟子、といったところですか』
『…今のお二人は完全に渡り切れていない、そういう状態にあるのです。例えるなら薄い布一枚隔てて世界に接している、そんな感じですか』
「じゃあ、こないだのヘンだったナンタイコウも…」
『…はい。多分その頃は薄布どころか厚手の布何枚か越しに世界を見てた、とかそんなもんでしょう。それがここまで肉薄できるまでに成長した、ということでもあるのです…』
「じゃあ、ここにも誰かいるってことになるのか…」
思わず右手を前に突き出してしまう啓児。当然のことながらそこには何もなく、ただ空気を掴むだけ。
「…あ、そこ、なんか取っ組み合いのケンカしてるまっ最中なんで…あー…ここからだと何もせずにアホ面さらしたまま、ただ殴られてるように見えてますよ、啓児サン…』
「でも、そこになんで疑問があるの…？」
『…一番大きな疑問はなんでここに渡ってきたのか、ということですか。一応、自分としてはクリエイター・キョウコがいる、と思われるその世界に誘導してみたつもりだったんですが…』
「え？ 場所分かってるの？」
『…分かるわけないじゃないですか。ンなどんぴしゃ判別できるんならとっとと渡ってもらってます。…カンですよ、カン。大体こんなもんかなー、と。それがなんでか創った世界に…やっぱり引っ張られたのか…』
「イント。もしかして、だけど。ある程度でも縁の深い存在や世界同士って、実は近い場所にある、ってことは…ないかな？」
