…み・ら・い…
そして。周囲の…空気ごとくるまれたように、動きが、固まる。
「福田…さん？」
時間が停まっているわけではない。
『…外部からの干渉…？ いや、これは…ほう。なかなか…』
…ダメじゃない。こんな・とこ、まで…来ちゃ…
下。文字通り未来の真下から何かが、せり上がってくる。もちろん物体として見えるものではなく、しかし存在感のある何かが…。
…ね、みらい。もう、もう…お帰りなさいね。もう…こんなところに来ては…ダメ…
ふ、と下を見る。…手だ。白いけど細くはなく、でも太くもない手が二本、床をすり抜けて未来にまっすぐ伸びてくる。
…イヤ。絶対イヤ
…どうして？
その手首を右手一本で掴む。もう一本がまるで長い長いムチのようにしなってくる。
「福田さん！」
その一方を啓児が振り向いて、片手で受け止めてやはり手首を掴む。そしてもう片方の手で、未来の肩をそっとつかむ。
「大丈夫だ！ 君だけじゃない！ 僕も…僕たちも、いる！」
大きく息を吸い込む啓児。
「タンブル！ コード538だ！ タンブル！」
右手にその手首を掴んだまま、未来の肩を左手でつかんだまま。今度は何を言っているのかはっきり分かる。
「相互乗り入れ要請だ…タンブル！」
一瞬、何か金属性の雑音が。そして小さかった声が、大きくなって、やがて明瞭に未来の耳にも届いてくる。
『…パス、オーパス。こちらタンブル、操縦者総合支援システム登録番号XUBWOI-M-123678、タンブル。聞こえるかい？ コード538完全に了承だよ。こっちの準備は万端さ。ガーフとヒースが頑張ってくれた。繰り返す。こっちの準備は万端さ、オーパス…』
「じゃあ…頼む！」
『了解。転送を開始する。…ガーフ、それに登録番号AKGRIY-W-39457ヒース、いいかい？ あっちでお姫様を助けようと奮闘中の王子様に素敵な贈り物を…』
『…なるほど。強制空間接続からの物体転移ですか。やりますねえ…あの女猫め…』
『届けてやってくれ…！』
足元にすき間が生じる。床から直接生えているような二本の腕とは別に。それはあくまでも暗く、深く、相当な無理を「ここ」に強いているのが未来にも分かる。
すき間は割れ目となって…しかし人一人が通るには極めて薄っぺらい…が、その小さな断裂から何か、黒いモノがまるで液体のように、にじみ出てくる。やがて何かの形を…とり始める。
…どこかで、こんなの見たこと、あるような…
「アラスニグラス級攻撃機ストラシオス…僕の、愛機だ！」
…そうだ…バン・ハンドルの…
大きめの黒いバイク、というのが最初の印象。ただし黒い車体にはいくつもの機器がくっついており、それぞれが何の役割を持つか…未来には分からない。そして未来がバン・ハンドルに渡った時に乗ったそれとは大分違っていてそもそもが一人乗りのようだったりする（後部座席？らしいのがあるにはあるがハコのようなものがすでに乗っている）。そしてやはり車輪はなく円盤状の動力源らしい何か、が二つ皿のように水平に付いている。
…デカッ
啓児は右手に掴んだ手首を引っ張り、さらに未来を抱えるようにそれに飛び乗ろう、としたのだが…。
『…無理でしょう、これでは』
イントの言う通り。ここはリョンカの店の地下の作業部屋であって、結構な広さはあるが、そこまで広大な部屋というわけではない。艶めいて黒く光っているこの乗機、部屋の幅的にはびっちりハマって詰まってしまっているような状態だったりする。正直、これでは取り回しが難しい、いや不可能。
「……」
『…なんでこんなの召喚したんです？ カッコつけですか？』
「………」
『…パス。オーパス？ 聞こえるかい？ こちらタンブル、操縦者総合支援システム登録番号XUBWOI-M-123678、タンブル。ガーフからちょっと小粋な贈り物があるってさ。そのまま少し待っててくれ。いいね？』
「いいね、も、何も…」
せっかく召喚したシロモノはまともに動かせそうもなく。しかし何だかよく分からない腕二本、二人の手首を掴んだまま…その力はかなり強い。
『？ ま、いいや。オーケイ。じきに、だ。もうじき…』
するり、と未来の右手からあの腕の手首が抜ける。その腕は…ムチ、ではなく槍のようになって、未来の胸に突き刺さってしまう。
