「お知り合い…だったのですか」
「そんな恰好のいいもんじゃねえよ。…腐れ縁だ、腐れ縁。なかなか切れねえ縁、ってやつだね」
へ、と含んだ笑みを口にしていた竹の葉と共に投げ捨てる。
「縁てのは変なもんでね。切りたい、と思ってるうちは切れねえ。どうでもいい、とか思っているといつの間にか切れてる。だけどね、お嬢さん。腐っちまってる縁てなあ…もう、どうしようもなくこんがらがっちまってるのさ。もうどうやってもほどけねえくれえに、な」
「キザったらしい科白はなしですよ、旦那。みっともない」
「いいじゃねえか、たまにはカッコつけさせろい」
ふん、と鼻を鳴らす。最も、菊花は指摘するだけして反論を聞く気もないようだ。
三人が一体どういった関係なのか。こんな会話では馬鈴娘にはよく分からない。でも…
「仲がおよろしいのですね、皆さまは」
『はあ？』『誰がですか？』
左右同時に突っ込まれてしまう。…やっぱり仲いいんじゃないですか、とか思ってしまうがそこは口に出さない。
「おい、源の字！」
背後から声をかける腐れ縁その一。飽きてきたのかも知れない。太い竹の一本に右腕を肘から預けるように立ち上がる。
「ちゃっちゃと決めちまえ、めんどくせえ！」
その声は届いているのかいないのか。
…そう容易にいきますでしょうか…？
佐野瑞元の変わり様はおたかも気づいている。そしてそれに気づいていないこの二人ではあるまい。ということは…源三郎が容易に勝利を収める、と確信している、ということになるのだろうか…？
…いや、それは…。
以前の大柄な瑞元ならまだしも。引き絞った今の瑞元では…
「来るよ」
菊花の投げやりなひと言が正にきっかけとなる。瑞元は半歩、いや、普段の一歩より広く踏み込み…そこへ源三郎の鞘から白刃が走り出る。
先ほどのように引くことはない。体勢はそのままに源三郎は、腰の回転と腕の振りにより刃を体の外側へと流していく。歩数を進めた瑞元は…やはり青眼からかすかに上げた切っ先を振り下ろす。
「ふん」
「…ぬう…」
喉を裂くような気合のこもった怒号ではない。腹…肝の底から怫然と湧き上がってくるような、低く静かな声。対する源三郎も唸るような発声である。
「お」
才蔵が気づいた。馬鈴娘も…菊花も気づいた。源三郎の刀の振りがやや低い。これは相手の身を斬るのではない
「…手かね」
刀を持つ手を攻撃するつもりか…！
しかし瑞元も早かった。振り下ろす刀を、ほんの、かすかに傾ける。鍔で横からの斬撃を受けよう、というつもりらしい。…が、源三郎も早かった。さらに切っ先を斜め下へと向かわせる。かち、とお互いの刃が交わる軽い音。その音が耳に届くか届かないか、それほどの刹那にさらに刃に角度をつける。
瑞元の刃を絡め取るつもりなのである。元々下へと向かう瑞元の刃。それへかすかな傾斜が加わる。それは力の向きが純粋な下方向へ向かっているだけ、ではないことを意味する。そこへ角度をつけてこちらの方向に合わせてしまえば…
「いや。ダメだ」
ち、と吐き捨てる才蔵。瑞元は元来が膂力に優れた大男である。己とは違う方向へ力をかけられてもそれを即座にはねのける「力」を持っている。
「ぬうん！」
今度は先ほどのような細い声ではない。竹林を震わせるがごとく腹の奥底からの、耳に轟く気合いでもって絡めとろうとする源三郎の刃を…打ち上げる。
乾いた音が、鳴る。
ただ打ち上げただけではない。源三郎の刀、そのものを跳ね上げる。宙に弧を描き…竹林の柔らかい地面に突き刺さる刀。一度は振り下ろしかけた己の刃を、無理にかち上げたのである。
「…ちょっと遅かったかねえ…」
「え…？」
刀を失った源三郎の方が不利…ではなかった。かすかに身を沈めたあの小柄な体は瑞元の広大な胸板へと飛び込む。そこまでは馬鈴娘にも見えた。そして何か…拳の一撃だろうか、それを放ったことは分かった。
しかしその一撃でもってあの巨体が膝をつき、崩れ落ちていく。そこまで重い一撃だった、ということだろうか…。
