「しっかしおめえは勝ってんだか負けてんだか毎回分かんねえな」
才蔵が近づいてくる。…そして気を失ってうつ伏せになっている瑞元の腕を取り、まるで振り分け荷物でも放り上げるように、ひょい、身体を引っくり返す。
「鞘の先かい？ よくやるねえ？」
慣れた手つきで背後から膝を入れる。がは、と血の混じった唾の塊を吐き出す瑞元。うーむ…と地の底から這いあがって来るような低い声を絞り出し、虚ろな目を才蔵に向ける。まだほとんど見えていないのだろう。
「とりあえず本復まではまだまだかかるだろうよ。…菊花」
「どうしました？」
「あの、なんたらってお医者の先生呼んでやんな。その方がいいだろう」
「旦那は？」
「俺は…」
腰裏に差してある刀へ手を伸ばす。
「ちょいとやることあるから、よ。おめえが戻ってくる頃にゃ始末がついてるだろうよ」
全く勝手だねえ、あたしだって見ていたいんだけどねえ…とか言いながら菊花は姿を消す。
「ああ、お嬢様。こいつをちっと見ていてやってくれませんかね？ 何、そんなにかかりませんので…ね？」
と、おたかを呼んだりもしていたのだったが。
「…かたじけ…ない」
竹林には太い、おたかの腕なら二本くらいありそうなほどの古い竹もある。その一つへ瑞元の身体を、背中からよりかからせる。
「いえ」
それでも目は瑞元を見ていない。才蔵と…源三郎をしっかりと見据えている。
軽く頭を振って立ち上がっていた源三郎である。
「生きてるじゃねえか」
「なぜ俺が死んでないといかんのだ」
源三郎の刀はまだしっとりとした地面に刺さったままである。
…当面は…。
ふと、おたかは思う。
…刀を拾うことに専心なさるのかしら。
「う…む」
瑞元が身体を起こす。腰を上げようとして…上がらない。背中から竹に身を預けるしかないようである。
「まだ、まだ動いてはいけません」
「いや…大事ない。まだ…動けぬ。…かはっ」
口の端の血の混じった唾を拭う。
「いずれ雨庵先生が参られます。それまで…お楽に、お楽に」
諭すように肩に手を置く。立ち上がろうとする、盛り上がってくるような力を感じていたが…それも、ふ、と息が抜けたように薄れていく。
「ああ…少し、楽に、なってきた…」
以前の瑞元を知っているおたかからすれば『意外』という思いしかないだろう。傲岸不遜なまでな態度は鳴りを潜め、体格も一回りも小さくなった。しかしその分動きの速さは非常に増し、さらには動きそのものも変わっている。重い木刀を捨て、抜き身を携えたその姿は…。
…似てらっしゃるのかしら。
目の前で刀もなく、どこか所在なげに突っ立っているような…あの男に、である。
「俺も刀を捨てた方がいいか？」
「好きにしろ」
双方、動かない。…まだ。
「じゃあ…好きにさせてもらうさ」
腰裏からすらり…と刀を抜いて見せる。「抜いた」のではなく明らかに「抜いて見せている」それは刀を持たない源三郎への脅しか優位の誇示か。あるいは、ただあえてそうやって見せているだけか。
「…斬る気あんのか？」
「さあて、ね…！」
抜いたまま一足跳びに源三郎の間合いへ飛び込む。右足で大きく踏み抜きながら…真横に一閃。
無論源三郎は直前で見切ってかすかにかわす。
「さあ、見せてみな。おめえがここで得たこと、全てを…な？」
